次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
深く濃い夜の闇を、銀色に輝く月が明るく照らす。
夜明け前に王都に向かって発つというディルをプリシラは見送った。
「それじゃあ、本当に気をつけて。無理はしないでね。私はあなたの無事が一番大切なんだから‥‥」
「はい、はい。何度も同じことを言うなよ」
「でもっ」
ディルは呆れ気味だが、プリシラとしては何度でも念押ししておきたいところだ。ディルの命より大切に思うものなど、プリシラには無いのだから。それに、ミレイア王国にとっても王太子であるディルは必要不可欠な人間だ。いざとなれば、いくらでも代わりのいる自分とは価値が違う。

「それより、ひとつ聞いていいか?」
プリシラの小言をさえぎって、ディルが言った。
「さっきさ、一度きりでいいから抱いて欲しいと言ったよな?」
「えぇ!? その‥‥あの‥」
たしかにそういう意味のことを言った。もちろん覚えているが‥‥冷静になった後に蒸し返されると、ものすごく恥ずかしい。プリシラは自身の顔が一瞬で赤く染まっていくのを感じた。
「今もそう思ってるか?」
「え?どういう‥‥」
ディルは決して目を合わせようとしないプリシラの顔を両手で包みこみ、ぐいっと強引に自分の方を向かせた。
宝石のように美しいブルーグレーの瞳にプリシラは射抜かれ、仕留められてしまった。
「一度きりで満足か?」
どくんと心臓が大きく跳ねた。ディルらしいといえばらしいが、なんて意地悪な質問なのだろう。
「‥‥ない」
心臓の音がうるさすぎて、自分の声すら聞こえない。
ディルはとろけるような甘い笑みを浮かべながら、プリシラの耳元に唇をよせてささやく。
「そんな小さな声じゃ聞こえないな」
「ーーうぅ。あなたのそういうところ」
嫌いよ。続くはずだったその台詞はディルの唇に阻まれてしまった。
ついばむような優しい口づけ。けれど、ただそれだけで体の芯に火が灯り、熱くなる。







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