次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
「来ない‥‥って、そんなのあり?」
赤いビロード張りの豪奢なソファに腰掛けたプリシラは、思わずひとりごちた。
王太子宮の最奥、黒蝶の間。代々の王太子妃のための部屋だ。今夜からは、プリシラがここの主となる。
そして、夫となったディルとこの部屋で、初めての夜を過ごすーーはずなのだが、肝心の夫が一向に姿を見せなかった。
プリシラは部屋の中央に掛けられた柱時計に目をやり、ふぅと大きなため息をついた。
(形だけの結婚って、こういうことなのね。もう待っていても仕方ないし、先に寝てしまおうか)
プリシラは羽織っていたガウンを脱ぎ、髪をほどいた。ふと、左手の薬指にはめられた指輪に目をとめる。
海の底を思わせる深い青色をした、大粒のサファイア。じっと見つめていると、吸い込まれてしまいそうだ。その妖しいまでの輝きは、たしかにディルの瞳に少し似ているかもしれない。
ミレイア王国の結婚式では、自分の瞳の色に似た宝石を相手に贈るのがならわしだ。
ディルの瞳に似たサファイアとプリシラの瞳に似たエメラルド。平民同士ならともかく、王族の結婚など準備はすべて臣下が担う。サファイアもエメラルドもディルやプリシラが選んだわけではなく、用意されたものだった。
だからだろうか。かつてあんなに憧れていたその風習を、プリシラは指輪交換のその瞬間まで、すっかり忘れていたのだ。そして、指輪を見て、ひどく動揺してしまった。ディルにエメラルドの指輪をはめるプリシラの手は、かすかに震えていた。
(人前では完璧でいられる自信があったけど、まだまだ甘かったわ。でも‥‥エメラルドでよかった。用意された石がペリドットだったら、もっと惨めな気持ちだったはず)
赤いビロード張りの豪奢なソファに腰掛けたプリシラは、思わずひとりごちた。
王太子宮の最奥、黒蝶の間。代々の王太子妃のための部屋だ。今夜からは、プリシラがここの主となる。
そして、夫となったディルとこの部屋で、初めての夜を過ごすーーはずなのだが、肝心の夫が一向に姿を見せなかった。
プリシラは部屋の中央に掛けられた柱時計に目をやり、ふぅと大きなため息をついた。
(形だけの結婚って、こういうことなのね。もう待っていても仕方ないし、先に寝てしまおうか)
プリシラは羽織っていたガウンを脱ぎ、髪をほどいた。ふと、左手の薬指にはめられた指輪に目をとめる。
海の底を思わせる深い青色をした、大粒のサファイア。じっと見つめていると、吸い込まれてしまいそうだ。その妖しいまでの輝きは、たしかにディルの瞳に少し似ているかもしれない。
ミレイア王国の結婚式では、自分の瞳の色に似た宝石を相手に贈るのがならわしだ。
ディルの瞳に似たサファイアとプリシラの瞳に似たエメラルド。平民同士ならともかく、王族の結婚など準備はすべて臣下が担う。サファイアもエメラルドもディルやプリシラが選んだわけではなく、用意されたものだった。
だからだろうか。かつてあんなに憧れていたその風習を、プリシラは指輪交換のその瞬間まで、すっかり忘れていたのだ。そして、指輪を見て、ひどく動揺してしまった。ディルにエメラルドの指輪をはめるプリシラの手は、かすかに震えていた。
(人前では完璧でいられる自信があったけど、まだまだ甘かったわ。でも‥‥エメラルドでよかった。用意された石がペリドットだったら、もっと惨めな気持ちだったはず)