次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
大きく前に傾いたプリシラの体は、そのままだったら派手に転んでいただろう。が、そうはならなかった。後ろから伸びてきたディルの腕が支えてくれたからだ。
「ごめんなさい。ありが‥‥」
礼を言おうと振り返ると、予想外の近さにディルの顔があった。息づかいが聞こえてきそうなその距離に、ますます動揺してしまって、プリシラは視線をそらした。
「ひどいな。ひとりで先に寝るつもりなのか?今夜は一応、新婚初夜だろ」
「え?だって‥‥この結婚は形だけだって。そう言ったのはディルじゃない」
「俺は別にどっちだって構わないが‥‥完璧な王太子妃であるプリシラ嬢は初夜も完璧にやり遂げるもんだと思ってたな」
その言葉にかっとなって、ディルを見返すと、彼は意地の悪い笑みを浮かべていた。
「それならっ、どうしてもっと早く来てくれないのよ⁉︎ 私だって、それなりに覚悟はしていたのに、あなたがちっとも来ないから‥‥それが答えだと思ったのよ」
はりつめていた糸がぷつりと切れてしまったように、涙がポロポロと溢れてくる。むき出しの感情をぶつけてしまう。
「経験豊富なディルと違って、私はなにもかも初めてなんだから!覚悟を決めるのにも時間がかかるのよ」
どっちでも構わないなんて言えてしまうディルとは違うのだ。こんなふうにかき乱されたら、心臓がもたない。
「ーーごめん」
驚くほど優しい声が落ちてくるのと同時に、プリシラの体は温かいものに包まれた。ディルに抱き締められているのだと気がつくまで、ずいぶん時間がかかってしまった。
「悪かった‥‥。軽い冗談のつもりだった。なにもしないから、頼むから、泣くなよ」
彼らしくない、いつになく真摯な口調だった。
(ずるい。こんなふうに素直に謝られたら、これ以上怒れないじゃない)
ほんのひと時、プリシラはディルの優しい抱擁にその身を委ねた。
「落ち着いたか?」
ディルの言葉に、プリシラは無言でうなずく。
「俺はこのソファで寝るから、お前はベッドでゆっくり眠れ。部屋から出ていけと言いたいところかもしれないが、そこは我慢してくれ。ここの女どもに殺される」
女どもとは、王太子宮仕えの女官たちのことだろう。人手不足だったディルの宮と違い、こちらには口うるさいベテラン女官が大勢いる。新婚初夜をすっぽかしたと、彼女らに知られたら大騒ぎになるだろう。
「ごめんなさい。ありが‥‥」
礼を言おうと振り返ると、予想外の近さにディルの顔があった。息づかいが聞こえてきそうなその距離に、ますます動揺してしまって、プリシラは視線をそらした。
「ひどいな。ひとりで先に寝るつもりなのか?今夜は一応、新婚初夜だろ」
「え?だって‥‥この結婚は形だけだって。そう言ったのはディルじゃない」
「俺は別にどっちだって構わないが‥‥完璧な王太子妃であるプリシラ嬢は初夜も完璧にやり遂げるもんだと思ってたな」
その言葉にかっとなって、ディルを見返すと、彼は意地の悪い笑みを浮かべていた。
「それならっ、どうしてもっと早く来てくれないのよ⁉︎ 私だって、それなりに覚悟はしていたのに、あなたがちっとも来ないから‥‥それが答えだと思ったのよ」
はりつめていた糸がぷつりと切れてしまったように、涙がポロポロと溢れてくる。むき出しの感情をぶつけてしまう。
「経験豊富なディルと違って、私はなにもかも初めてなんだから!覚悟を決めるのにも時間がかかるのよ」
どっちでも構わないなんて言えてしまうディルとは違うのだ。こんなふうにかき乱されたら、心臓がもたない。
「ーーごめん」
驚くほど優しい声が落ちてくるのと同時に、プリシラの体は温かいものに包まれた。ディルに抱き締められているのだと気がつくまで、ずいぶん時間がかかってしまった。
「悪かった‥‥。軽い冗談のつもりだった。なにもしないから、頼むから、泣くなよ」
彼らしくない、いつになく真摯な口調だった。
(ずるい。こんなふうに素直に謝られたら、これ以上怒れないじゃない)
ほんのひと時、プリシラはディルの優しい抱擁にその身を委ねた。
「落ち着いたか?」
ディルの言葉に、プリシラは無言でうなずく。
「俺はこのソファで寝るから、お前はベッドでゆっくり眠れ。部屋から出ていけと言いたいところかもしれないが、そこは我慢してくれ。ここの女どもに殺される」
女どもとは、王太子宮仕えの女官たちのことだろう。人手不足だったディルの宮と違い、こちらには口うるさいベテラン女官が大勢いる。新婚初夜をすっぽかしたと、彼女らに知られたら大騒ぎになるだろう。