次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
執務室にて。今夜中に読み終えておきたい文献の、ページをめくる速度がいつもより数段遅くなっていることを自覚し、ディルは小さく舌打ちした。
『あの、えっと。よかったら、一緒に‥‥寝る?』
頬を染めてうつむくプリシラの顔と、ささやかれた台詞が頭から離れなかった。
「言葉の選び方がおかしいだろっ」
いまさらつっこみをいれてみたものの、プリシラには届かない。ミレイア王宮では男性が自ら女性の元を訪れるのが正しい作法とされている。たとえ国王であっても、女性を自分の部屋に呼びつけるのはスマートではないとされているのだ。つまり、妃の部屋が夫婦の寝室ということだ。だから、プリシラの発言は間違いではない。ディルが黒蝶の間で夜を過ごすのは普通、むしろ推奨されるべきことだ。
(それにしても、あの台詞は‥‥無邪気なだけなのか、意外と大胆なのか‥‥)
目が文字を追っているだけで、内容がまったく頭に入ってこない。ディルは諦めて文献を閉じると、机から離れ書棚の方へ向かった。特に目的はないが、少し歩いて頭を冷やそうと思ったからだ。広い執務室の奥には背の高い書棚がいくつも並んでいて、小さな図書館といっても差し支えないくらいだ。ここにある本は歴代の王太子が自由に集めたものだが、学問好きなフレッドがかなり蔵書を増やしたと聞いている。
辞書、図鑑、歴史書、詩集。膨大な数の本が種類、年代別にきっちりと並べられている。わりと大雑把なところのあるディルは読み終えた本をついつい乱雑に戻してしまいそうになるが、そのたびにフレッドの咎める声が聞こえるような気がして、渋々ながら彼のやり方を踏襲していた。
「ん?」
あてもなくぼんやりと背表紙を流し見ていたディルだったが、かすかな違和感を覚えてふと視線を止めた。
「あぁ、これか」
年季のはいった赤いビロードの背表紙に指をかけ、引っ張り出した。
『ハインリヒ航海術 第八巻』
ハインリヒは海王の異名を持つ、ミレイア王国創成期の国王だ。海洋国家であるミレイア王国にとって彼が確立した航海術は王国発展の礎となった。この本はその技術を後世に残すべくまとめられたもので、全十二巻から成る。
『あの、えっと。よかったら、一緒に‥‥寝る?』
頬を染めてうつむくプリシラの顔と、ささやかれた台詞が頭から離れなかった。
「言葉の選び方がおかしいだろっ」
いまさらつっこみをいれてみたものの、プリシラには届かない。ミレイア王宮では男性が自ら女性の元を訪れるのが正しい作法とされている。たとえ国王であっても、女性を自分の部屋に呼びつけるのはスマートではないとされているのだ。つまり、妃の部屋が夫婦の寝室ということだ。だから、プリシラの発言は間違いではない。ディルが黒蝶の間で夜を過ごすのは普通、むしろ推奨されるべきことだ。
(それにしても、あの台詞は‥‥無邪気なだけなのか、意外と大胆なのか‥‥)
目が文字を追っているだけで、内容がまったく頭に入ってこない。ディルは諦めて文献を閉じると、机から離れ書棚の方へ向かった。特に目的はないが、少し歩いて頭を冷やそうと思ったからだ。広い執務室の奥には背の高い書棚がいくつも並んでいて、小さな図書館といっても差し支えないくらいだ。ここにある本は歴代の王太子が自由に集めたものだが、学問好きなフレッドがかなり蔵書を増やしたと聞いている。
辞書、図鑑、歴史書、詩集。膨大な数の本が種類、年代別にきっちりと並べられている。わりと大雑把なところのあるディルは読み終えた本をついつい乱雑に戻してしまいそうになるが、そのたびにフレッドの咎める声が聞こえるような気がして、渋々ながら彼のやり方を踏襲していた。
「ん?」
あてもなくぼんやりと背表紙を流し見ていたディルだったが、かすかな違和感を覚えてふと視線を止めた。
「あぁ、これか」
年季のはいった赤いビロードの背表紙に指をかけ、引っ張り出した。
『ハインリヒ航海術 第八巻』
ハインリヒは海王の異名を持つ、ミレイア王国創成期の国王だ。海洋国家であるミレイア王国にとって彼が確立した航海術は王国発展の礎となった。この本はその技術を後世に残すべくまとめられたもので、全十二巻から成る。