次期国王は初恋妻に溺れ死ぬなら本望である
造船や航海の知識や技術は常に進化し続けているため、今となっては時代遅れでさほど有益な文献ではない。が、上流階級の子弟なら教養として学んでおくべきものと位置づけられていた。当然ディルも読んだことがあるし、ハインリヒ王を崇拝していたフレッドは暗記するほどに読みこんでいたはずだ。
「なんで、これだけ? フレッドにしては珍しいな」
違和感の正体は本そのものではない。これだけ理路整然と並んだ書物のなかで、この第八巻だけが第一巻の前に置かれていたのだ。ディルがこの執務室を使うようになってからこの本を開いた記憶はない。ということは、おそらくフレッドの仕業だろう。よほど慌てていたのだろうか。
ディルは不思議に思いつつも、八巻を正しい位置に戻そうとした。そのとき、本の隙間からはらりとなにかが落ちた。自分の靴の上に乗ったそれを、ディルはつまみあげた。
手紙だろうか。かなり古いもののようで、紙は薄茶色に変色していた。だが、インクはしっかりと残っていて文字は読み取れそうだった。
フレッドのものだろうとは思ったが、特に罪悪感を抱くこともなく、ディルは手紙を開いた。

「これは‥‥どういうことだ?」
全て読み終えたディルは、思わずごくりと息をのんだ。とんでもないものに遭遇してしまった。素早く手紙を胸ポケットにしまうと、文字通りに執務室を飛び出した。
「ターナ! いるか?」
ターナを探し、声をあげた。至急、確認しなければならない。手紙の真偽と真実を。


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