能ある鷹は恋を知らない
「仮にきみが20歳だろうが30歳だろうが目の前にいるきみに抱く印象や感情は何も変わらないだろう。今きみを見て言葉を交わして感じることがすべてだ」
「……っ」

なんだかさらっとすごいことを言われた気がした。
その目は「普通のことを言ったまでだ」と主張していたが、距離が近いのも相まって顔が熱くなり思わず目をそらした。

この人は外見じゃなく人の中身を見ようとしてるから年齢なんか些末なことだと思っている。
彼を何も考えず周りを気にしていないだけだと思ったことが浅はかで恥ずかしくなった。
無表情で何を考えているのか分からない人だけど、実はその内側で普通の人より人のことをよく見ているのかもしれない。

「いやー言ってることは分かるけど、それなかなかの口説き文句だ」

院長がにやりと笑いながらこっちを見ていた。カンパリ・ビアに口づけて私に視線を遣る。

「鮎沢ちゃんもCEOに口説かれるとさすがにぐらっと来ちゃうんじゃないの」

不意に左耳のピアスに触れられ、反射的に手で制した。

「止めてください院長。そんなことあり得ません」

一流企業のCEOが私みたいな一般人を口説くなんてあり得るわけがない。
さすがに高島さんに失礼かと思い、上司の失言をフォローしようと振り向いた。

「すみません、冗談ばかり言う人なんで…」
「あり得ないとはなんだ」
「え?」
「きみが俺をよく思ってないのは知っているが、まだ口説いてもいないのにあり得ないと言い切るのはどうかと言っている」
「…高島さん?」

これは、何か盛大に誤解を与えてしまったらしい。

「あの、高島さんをよく思ってないとかそういうんじゃなくて」
「来週の金曜日」
「え?」
「仕事を片付けて19時にクリニックへ行く。俺が最後の患者になるだろう。そのあと俺に付き合ってもらう」
「ちょ、…高島さん何を…」
「あり得ないかどうかはそれから判断するべきだ」

そう言うと高島さんは席を立った。
急展開過ぎてただ成り行きを見守るしかできない。

「店には伝えてある。好きなだけ飲んで行け」

それだけ言い残すと颯爽とバー出ていった。
しばらく高島さんの消えた方向を見ていたが、院長の言葉に我に帰ったように振り返った。

「あれは本気で口説きにくるんじゃない」
「まさか…そもそも院長のせいじゃないですか」
「うーん、そういう意図じゃなかったんだけど」


どういう意図だったんだと詰め寄りたくなるが、どんな意図だろうと結局ろくなことになった気がしない。

職場が変わってからというもの、信じられない程に非日常が隣り合わせになっている。
原因はタイプは違えど人を振り回すことにかけてはどちらが勝るとも劣らない院長と高島さん二人のせいであることは間違いない。

ため息をついて半ば投げやりな気持ちでシャンディガフをオーダーした。

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