能ある鷹は恋を知らない
土曜日は半日出勤だ。午前診のみだから買い物にでも行こうかと考えつつスタッフルームで白衣に着替え、診察フロアへと出る。
私が部屋を出るのと同時に院長が院長室に入る直前で目が合ってしまった。
「おはようございます」
それだけ無機質な声で告げて担当スペースへと早足で向かう。
顔を見ると昨日の腹立たしい気分が蘇ってきたからだ。
「鮎沢ちゃん」
なんで付いて来るのよ。
言葉には出さず反応しないように紙コップやペーパーの補充に取り掛かる。
「昨日はヘリ乗った?」
まったく悪びれない態度に一層いらいらが募るが相手をしても無駄だ。
明らかに私の機嫌が悪いと分かっててどうしてこんなに普通に話しかけて来れるのか、その神経の図太さがいっそ清々しい。
「院長には関係ありません」
「そんな冷たいこと言わないでよ鮎沢ちゃん」
「単なる事実です」
「一度でもデートした仲なのに」
「デートじゃありません」
「昨日のはデート?」
「もうなんなんですか!」
薬品類の乗ったブラケットテーブルへの補充を終え、勢い余って振り返るとバランスを崩して倒れかける。
「きゃ…っ」
衝撃に備えたが身体が倒れることはなく、院長の腕に抱きしめられていた。
どくどくと自分の脈が早鐘を打っている。
頭と腰に回った力強い腕を感じて現実に戻り、腕から逃れようとする。
「…すみません、ありがとうございます」
「怪我ない?」
「はい…大丈夫です。あの、離してくださ…」
胸を押して距離を取ろうとする動きとは反対に院長の腕はギュッと私を力強く抱きしめた。
「院長、離して…」
「嫌って言ったら?」
耳元で呟かれる声がいつもより低くてとっさに言葉が出なかった。
身体中に感じる院長の体温と力強さ。
ふざけるような声音ではないように感じて戸惑いが膨らんでいく。
頭が真っ白になりかけたその時、待合室の方から明るい声がした。
「あら、もしかして受付はまだ早い?」
急に周囲の景色に現実に返り、院長の体から勢いよく離れた。
「あ、大丈夫です。あと5分程なので待合室でお待ちいただいてもよろしいですか?」
慌てて待合いフロアに向かうとそこに立っていたのは綺麗な女性だった。
艶のある黒髪を右肩に流し、意思の強そうな瞳で私を見る。
そこに立っているだけで思わず視線が行くような目を引く美人だった。
「ここのクリニックが良いって紹介されてきたんだけど、高島って人に」
どこか妖艶にも見えるその唇から紡がれた名前に一瞬ぴくりと身体が反応した。
そう珍しくない苗字なのに、あの高島さんのことだと確信めいた直感が私にそう告げていた。
私が部屋を出るのと同時に院長が院長室に入る直前で目が合ってしまった。
「おはようございます」
それだけ無機質な声で告げて担当スペースへと早足で向かう。
顔を見ると昨日の腹立たしい気分が蘇ってきたからだ。
「鮎沢ちゃん」
なんで付いて来るのよ。
言葉には出さず反応しないように紙コップやペーパーの補充に取り掛かる。
「昨日はヘリ乗った?」
まったく悪びれない態度に一層いらいらが募るが相手をしても無駄だ。
明らかに私の機嫌が悪いと分かっててどうしてこんなに普通に話しかけて来れるのか、その神経の図太さがいっそ清々しい。
「院長には関係ありません」
「そんな冷たいこと言わないでよ鮎沢ちゃん」
「単なる事実です」
「一度でもデートした仲なのに」
「デートじゃありません」
「昨日のはデート?」
「もうなんなんですか!」
薬品類の乗ったブラケットテーブルへの補充を終え、勢い余って振り返るとバランスを崩して倒れかける。
「きゃ…っ」
衝撃に備えたが身体が倒れることはなく、院長の腕に抱きしめられていた。
どくどくと自分の脈が早鐘を打っている。
頭と腰に回った力強い腕を感じて現実に戻り、腕から逃れようとする。
「…すみません、ありがとうございます」
「怪我ない?」
「はい…大丈夫です。あの、離してくださ…」
胸を押して距離を取ろうとする動きとは反対に院長の腕はギュッと私を力強く抱きしめた。
「院長、離して…」
「嫌って言ったら?」
耳元で呟かれる声がいつもより低くてとっさに言葉が出なかった。
身体中に感じる院長の体温と力強さ。
ふざけるような声音ではないように感じて戸惑いが膨らんでいく。
頭が真っ白になりかけたその時、待合室の方から明るい声がした。
「あら、もしかして受付はまだ早い?」
急に周囲の景色に現実に返り、院長の体から勢いよく離れた。
「あ、大丈夫です。あと5分程なので待合室でお待ちいただいてもよろしいですか?」
慌てて待合いフロアに向かうとそこに立っていたのは綺麗な女性だった。
艶のある黒髪を右肩に流し、意思の強そうな瞳で私を見る。
そこに立っているだけで思わず視線が行くような目を引く美人だった。
「ここのクリニックが良いって紹介されてきたんだけど、高島って人に」
どこか妖艶にも見えるその唇から紡がれた名前に一瞬ぴくりと身体が反応した。
そう珍しくない苗字なのに、あの高島さんのことだと確信めいた直感が私にそう告げていた。