能ある鷹は恋を知らない
「早く来すぎたみたいでごめんなさい」
「いえそんな、全然大丈夫です」
「時間というより…お邪魔してしまったのかなって」

チェアに座った彼女は意味深な顔で私の方を振り返った。
姿はさすがに見られてないが待合室と診療スペースは天井が区切られておらず、会話を聞かれていたらしい。
初対面の、しかも高島さんの知り合いらしい女性に。

「いえ、まったくそんなことはありません。では歯の状態から見ていきますね」

患者さん用の笑顔を顔に貼り付け、仕事に集中しようと意識を強制的に切り替えた。

「終わりましたので一度うがいしてください。スケーリングも行いましたが元々とても綺麗な状態ですね。先生に診てもらって終わりになると思います」
「ありがとう。あなた…高島穂積という患者は分かるかしら」

やっぱり高島さんのことだ。
努めて平静を装って振り返った。
どうしてこんなに胸騒ぎのような落ち着かない気持ちになるのか。

「…最近、治療に来られてますが」
「ちゃんと通ってるみたいで良かった。早く歯医者に行きなさいって言っても全然聞かなくて」
「そうでしたか」
「鮎沢ちゃん、新患さんどう?」

唐突に院長が通路から現れてスペースへ顔を出す。
先ほどの出来事が頭に浮かんで一瞬気まずいかと思ったが、院長の顔がもういつも通りだったので気にしないことにした。
何より患者さんの前だ。気にしている場合ではない。

「あ、新患て御堂さんだったんですか。お久しぶりです」

カルテに印字された名前を見て院長はチェアの前に回って挨拶した。
院長を見上げた御堂さんも院長のことを知っているようで特に驚く様子もない。

「お久しぶりです。長谷先生。いつも父がお世話になっております。お会いするのは…蔵本会長の創立記念祝賀会以来かしら」
「そうですね。こちらこそいつもお世話になってます。まさか御堂さんに来てもらえるなんてありがたいですね」
「開業されたと聞いて上でも噂になっていたんですよ。うちで今『EAGLE・EXCEED』と仕事をしているんですけど、その時に高島さんから聞いてきたんです」
「それはどうも。高島くんに感謝しないと。今度は僕のおごりかな」
「あら、先生も高島さんと飲んだりするんですか?」
「一度だけね。鮎沢ちゃんと三人でだけど」

そこでどうして私に振るんですか。

こっちに視線を遣った院長にできるだけの抗議を込めて見つめ返した。
嫌がらせとしか思えない巻き込みだ。
案の定御堂さんは院長からこっちに視線を変えて私をじっと見ている。

「鮎沢さんと一緒に…そうだったんですね」

にっこりと笑みを作る顔に若干恐ろしさを感じる。
品定めでもされているような視線を浴びながら作業に集中する振りをして無言を貫き通した。

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