能ある鷹は恋を知らない
どれだけ理性的に物事を考えていても、それが一瞬で吹き飛ぶことがある。

人の本能だ。

目が合った瞬間。
匂いを感じた瞬間。
抱き締められた瞬間。

心と身体のすべてが、この人を好きだと叫んでいた。

難しく考えていたことすべてが吹き飛んだ。

私は、この人が好きなんだ。

温かい腕の中に包まれながらはっきりと自覚した。
つい今まで自分の愚かさを嘆いていたのになんて自分勝手な。
それでも訳の分からない状況のはずなのにただ黙って抱き締めてくれるこの手を自分から離すことはできなかった。

少し落ち着いて来たとき、頃合いを見計らったように高島さんが腕を引いて歩き出した。

「あの…」
「周りにその顔を見られなくないなら来い」

そう言われては従う他ない。
今まで歩いていた方向へ歩き出すと、角を曲がったところに高島さんの車が停まっていた。

この間のように助手席へとエスコートされ、運転席に乗り込んできた高島さんと二人だけの空間になる。

「落ち着いたか」
「はい…すみません」
「話すなら聞いてやるが」

高島さんは運転席で前を向いたままそう言った。
私はまだ鼻を少し鳴らしていたが気持ちはかなり落ち着いていた。

「私…ほんとに、だめなんです」
「…何がだ」
「今まで、ずっと向こうから別れを切り出されていて、自分に自信がなくて。私は誰にも選ばれないんだって思ってました」

高島さんの視線が私に向いたのが分かる。

「さっき、先月浮気されて別れた恋人とたまたま会って、理由を訊いたんです。…彼は私のことを飽きたり嫌いになったんじゃなかった」

思い出すと胸がじくじく痛むけれど。
吐き出すことで前を向きたい。
自分自身と向き合わなければ変われない。

「私に一線を感じてたって言われました。踏み込めない部分があるって。私は…自分に自信がない弱さとか知られたくなくて、ただ彼を好きな私を見てほしくていつも明るく振る舞ってました」

ただ好きなだけだった。
彼にも私を好きでいてほしかった。
でも、私が自分をさらけ出さなかったのは、結局そこまで彼を信用していなかったということだ。
それがどれほど彼を傷つけたのか。
二年の間、いつから悩んでいたんだろう。
すれ違いはお互いの間で膨らみ続けて、それがあの結果になった。

整理された感情から一筋涙が頬を伝った。

「弱いところや脆さを見せたくなかった…それが、彼を苦しめる結果になって…」

震える手に大きな手が重ねられる。
顔を上げると高島さんが真っ直ぐに私を見つめた。
どこまでも私を見透しそうな瞳で。

「きみの強さと弱さは紙一重だ。きみを見ていれば分かる。彼には見抜けなかっただけのことだろう」

どうしてこの人には全部分かってしまうんだろう。

「もう泣くな」

身体を乗り出した高島さんの顔が近づいて。
優しく頬に触れられたかと思うとそのまま引き寄せられて唇が触れあった。
まるで自然な動きで、唇の重なる瞬間に目を閉じていた。

もうごまかしが効かない。
初めて会ってから僅かな時間で私を見透かしてしまうこの人に。
こんなにも、気持ちが溢れてどうしようもない。

何度も何度も触れるだけの口付けは回数が分からなくなる頃に溶けそうなほど深く交わし合うものへと変わっていった。

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