優しい魔法の使い方
第八話 【泥酔】
連れてこられたのは広い書庫だった。

「今日からあなたの特別な勉強部屋よ。」

ロココ装飾の学園図書館書庫。
赤じゅうたんの敷き詰められた床。
古い書物が整然と並べられた空間に、ちょこんと置かれた勉強机。

「ここに・・僕、1人ですか?」

「トッド、あなたはもっと自覚しなくちゃ。あなたは、特別な子なのよ?」

気味の悪い笑顔だった。

そして書庫の奥へと手をひかれ、勉強机の前まで連れていかれる。

「毎日、昼と夕刻に様子をみにきますから。」

「はい、ミス・ヒラリー」

相変わらずの気味悪い笑顔で、ミス・ヒラリーという教師は去って行った。

大人しく机につき、教科書を開く。

掛け時計の音のみが規則的に鳴り響く書庫。
だだっ広い空間なのにひたすら息苦しい。

「はぁ・・」


思わず教科書に顔をうずめる。


「…おい、なぁそこの!」

人の声がする。
ここには自分しかいないはず。

「・・・?」

「こっちだよ、こっち」

奥の本棚の方から声がする。
おそるおそる声の聞こえる方に近づいていく。

「だぁれ…?」

本棚から自分より少し年上だろうか、1人の少年が現れた。

「よ、俺、裏の農家の息子のギルバートってんだ。」

「せ・・生徒じゃ…ないの?」

少年は制服のブレザーを着ていなかった。

「おぅ!だって俺職人じゃねーもん。ここの書庫、誰も使ってねぇから忍び込んで本読んでたんだ」

書庫の奥の小窓を指差して、謎の少年ギルバートはシシシッと笑った。

「そうなんだ」

つられてトッドにも笑みがこぼれる。

「お前生徒なのに何でこんなトコで1人で勉強してんの?」

ギルバートはひょいっと机に飛び乗る。

「僕もよく分かんない…、特別なんだって。みんなより難しい勉強だからって。」

椅子ではなく机に座ったことのないトッドは戸惑いながらも、椅子に着席した。

「特別なんだ、すっげ!エリートじゃん羨ましい!」

「よくないよ…、いつも独りぼっちだもん。みんな僕の言ってない事で噂したり…嫌われてるんだ」

トッドは足をプラプラさせながら口を尖らせてつぶやいた。


「なんだそれ、くっだらねぇー!ただの嫉妬だよ。」


「しっ…と?」

トッドは首をかしげる。

「嫉妬っていうのは、自分より頭がいいとか特別だとかいう奴に、羨ましくて腹立てたりすることだよ。」

「凄い、大人の使うような言葉、よく知ってるんだね!」

「本読んでたら覚えるよ!俺もっと色々知って、いずれは学者になって探検隊に入るんだ!」

ギルバートは得意げにそう言うと机から飛び降りた。
トッドもつられて立ち上がる。

「探検…隊?」

「そう!マーズ・クリーク探検隊だよ!世界中を旅して回るんだ、俺も学者になって探検隊に入るんだ!」

ギルバートは書庫を走り回り目に付いた本を本棚から抜いていく。
トッドはバタバタと走り回るギルバートに必死についていく。

「凄い、学者さんになりたいんだ。ねぇ、何の学者になるの?」

トッドはようやく足をとめたギルバートに追いつき、少し息を切らせながらも
目を輝かせて聞いた。

「何のって…………やべ、まだ決めてねぇ」

大量に抜いた本を眺めながらギルバートはペロリと舌を出した。

「プッ、アハハハハ」


「おっかしいよなぁ。な、ここさ。俺もこれから使いたいんだけどいいか?」

ギルバートは、ここに入ってくる時に使った小窓にもたれる。

「うん!いいよ、先生は決まった時間帯にしか、ここに来ないもん!僕も君がここに来てくれたら嬉しい!」


「やった、じゃあ遠慮なく来させてもらうよ。そうだ、お前名前は?」

ギルバートは小窓を開き、足をかけた状態で振り返った。

「トッドだよ!僕の名前はトッド!」

「トッドか、年は?いくつ?」

「8歳!」

「俺10歳、年上だな。ギルバートだ、よろしく」

「よろしくギルバート!」

「んじゃーな!」

ギルバートは小窓から飛び降りて窓の外から顔だけを出す。

「ねぇ、ギルバート!」

「ん?」

「僕と・・友達になってくれる?」

ギルバートは、きょとんとした後、シシシッと笑う。

「当たり前だろ?もう友達だよ。またなぁー!」

ギルバートは大きく手を振り、学園の柵をあっさり飛び越えて行った。




「トッド、トッド!」


「ん…………?」


「そんなところで寝てちゃ風邪ひきますよ」

気がつくとそこは工房で、顔をあげればシーナが毛布を持って立っていた。

「いま・・何時?」

「17時です」

「17・・まずいっ!先生が見回りに」

トッドが慌てて立ち上がるとシーナは驚くと同時に笑いだす。

「トッド、まだ寝ぼけてるんですか?今から夕食の準備しますから、もう、うたた寝しちゃだめですよ」


シーナはクスクス笑いながら工房を後にする。

「・・・・」

トッドはバツが悪そうに頭を掻いてふと自分の作業机に目をやると

古い本が広げられていた。

「これのせいか」

トッドは苦笑しながらその本を本棚へと戻した。

「さて・・と。もう一仕事」

トッドはぐぅっと伸びをして再び仕事に取り組んだ。




その日の夕食が過ぎて


「トッド、今日はちょっと買い物帰りにいいもの頂いちゃいました」

「嬉しそうですね、何ですか?」

シーナは嬉しそうに冷蔵庫から可愛くラッピングされた小袋を二つ持ってきた。


「青い小袋が、トッド。ピンクの小袋が、私。」

「なんですか?これ」


トッドは青い子袋を受け取る。

「買い物帰りにリリィさんに頂いたチョコレートです。デザートに食べたらって」

「へぇ~、次会ったらお礼しないといけませんね」

トッドは袋から、細長く棒状のチョコレートを取り出す。

「じゃあ、いただきま・・・」

トッドは自分がチョコを食べようとする姿を凝視するシーナに気付き手をとめる。

「シ・・シーナ?」

「あっ・・すいません!どうぞ気にせず食べてください」


「・・いただきます」

不審に思いながらもトッドはチョコレートを口にした。


「うん、美味しいですね」

「さ!どんどん食べちゃいましょ、私もいただきまーす」

シーナはトッドをみて少しニヤニヤしながら自分もチョコレートを口にする。


数分後、2人はあっという間にチョコレートを完食。


「じゃ、私洗い物してきますね」

「うん・・・。」

シーナはいそいそと台所に向かい、そこからトッドの姿を覗き込む。

テーブルでぼんやりとしているトッドの顔は少し赤くなっていた。

「やっぱり、酔ってる。あんな微量のアルコールなのに・・。
 どうしよ、本当に酔わせちゃった、私のチョコにはアルコール入ってなかったからな。」


実はリリィにもらったチョコレートには微量のアルコールの含まれたチョコレートだった。
しかしシーナのチョコレートにはアルコールが含まれていない。

リリィの悪戯で、買い物帰りに渡されたチョコレートだった。

ちなみにここでは成人は18歳とされているためトッドはお酒を飲める年齢である。

シーナはトッドがお酒に酔うとどうなるのか気になり
リリィの誘いに乗ったのだった。



早々に洗い物を終えるとシーナはゆっくりトッドに近づいた。
トッドは顔を真っ赤にしてテーブルに突っ伏していた。

「トーッド、大丈夫ですか」

「ん~・・、なんかいますっごく気持ちいいんです。」

「あはは、それはいいですね」

シーナはテーブルに突っ伏すトッドの向かいに座る。


「こんな、ゆ~ったりした気分、久しぶりだなぁ・・・。うん・・10年ぶりくらい・・」


「へぇ~」

「昔っから・・、人の目がずっと怖くて、学校にいる時なんて・・、もう生きた心地しなかった」

「・・・そんなに?」


「当たり前だよ・・もう皆・・人の目なんかじゃなかった。
 同級生からは妬まれて・・・先生や大人からは不気味に優しい目をされて・・。
 その目がすぐに冷たい目に変わるんだ。怖かったなぁ・・」


「トッド・・?」


シーナは焦っていた。
このままじゃトッドがいつかちゃんと話すと言ってくれた事を

お酒に任せて全部話させてしまう。


「肩肘張って・・ひたすら腕を磨いてた。
 何のためにとか、楽しいとかつらいとか何にも考えてなかったなぁ・・。
 もうとにかく自分が存在してるんだって周りに思わせることに必死だった・・・・・。
 うん、今思えば・・あの頃はその為に自分が職人でいようとしてたのかな・・」


「トッド・・もういいよ」


「ギルバートがいたあの短い間だけは・・・ただの子どもでいられた。
 ほんとに短かったけどね。
 悲しい話だよ・・ギルバートの読んだ本を自分も読んで寂しさ紛らわせてさ・・
 今でもその本持ってたりして。
 ほんっと、あの時は一人じゃ乗り切れなかった」

「もういいよトッド、もう寝よ?」

シーナは立ち上がる。

「戻れるのなら・・もう一度職人に戻れたらまた・・
 みんな僕のこと見てくれるのかな・・。
 それなら凶器だってなんだって・・・・」

「トッド!」

シーナがトッドの肩に触れたその瞬間

ぐっと強い力で手を掴まれて引き寄せられた。


「トッド・・!?」

「シーナは・・こんな僕でも見てくれますか?」

「え・・?」

「もう何も作れない僕でも・・ちゃんと・・見てくれますか?」

「当たり前ですよ、トッドどうしたんですか?」

「・・・・・・」


耳元で寝息が聞こえる。
急にズシッと体重がかかりシーナはトッドに抱きつかれたまま転倒。


「ちょっ・・起きてくださいトッド。ベッドで寝なくちゃ・・。ねぇトッド、トッド!!」

その日の朝まで、トッドが目を覚ますことはなかった。


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