優しい魔法の使い方
3人が工房へ着くと、いつもの様に黒い煉瓦の空間に魔法陣が敷かれた部屋へギルバートを導いた。

「今回の魔法はいたってシンプルです。
 ギルバートに、水晶を持って魔法陣の中心に立ってもらいます。
 それで、この白い大きなスクリーンにギルバートの記憶の中にある写真を映し出します。
 その映し出された映像を・・」

トッドはポケットから、何も映し出されていない1枚の写真を取り出した。

「あの小さな紙切れからここまで写真を復元させました。
 この時点ではまだ何も映っていません。
 ここからが本番、白いスクリーンに映し出された映像をこの白紙の写真に写し取って完成です。」


「へぇ~凄いな・・トッド」


「始めましょう、ギルバート。その水晶を前に突き出して」

「こうか?」

ギルバートは白いスクリーンに向かって水晶を突き出す。

「シーナ、蝋燭を持ってギルバートの後ろに回ってください」

「はい!」

シーナは両手で蝋燭を持ち、ギルバートの後ろに回る。

トッドは手から青白い炎を出すとシーナの持つ蝋燭に灯す。

すると蝋燭の光はギルバートの身体、水晶を突き抜け光が反射し

白いスクリーンに映像が映し出された。

「よし。」

トッドは白紙の写真を、手でごしごしと擦り始めた。

すると擦られた部分からスクリーンに写った映像と同じ画像が浮かびだした。


しばらく擦り続けると、写真にはスクリーンと全く同じの画像が映し出されて完成した。

「出来た・・」

トッドがそう呟くと、部屋が元の工房に戻った。

ギルバートはゆっくりトッドに近づくとそっと写真を受け取る。

「完全に元通りだ・・、よかった。またこの写真が見られて」

ギルバートの目からうっすらと涙がこぼれた。

シーナがギルバートの写真を覗き込む。

するとシーナは目を丸くして呟いた。


「その女の人・・たしか」


シーナはそう呟くと工房の出口へ駆けていく。


「シーナ!?何処行くんです?」

トッドが呼び止めると、シーナはくるりと振り返る。


「2人とも、ここにいてください。会わせたい人がいるんです」


そう大きな声で言うと、シーナは一目散に工房を出て丘を下って行った。


「行っちゃいましたね・・」

「なんだよ、会わせたい人って」


30分ほど経っただろうか。

シーナが工房へ戻ってきた。

「2人とも、外へ出てください。」

シーナは真剣な表情で2人を外へ呼びつけた。

すると、外はすっかり夜になり月がぼんやりと外を照らしている。

すると、家の柵の外に、1人の女性が立っている。

「暗くてよく見えません・・」

「・・・」

ギルバートはおそるおそる柵の外へ近づく。




「ギルバート・・・貴方なのね」

女性はギルバートの名を呼んだ。

その声にギルバートはハッとする。



「・・マリア?」


「シーナ・・あの女性。もしかして」

「えぇ、写真にいた女性です」

復元した写真には、今より数年ほど若いであろうギルバートと、ある女性が2人で映されていた。

その女性がいま柵の外に立っているのだ。

「マリア・・なんで・・、どうしてここへ?」

「研究員の人に聞いたのよ。最近、ある友人に会いにここにくるって」

「・・・マリア・・。俺たちもう・・」

「えぇ、5年前に別れたわよ?」


「俺・・別れた後もずっと・・ずっとマリアの事ばかり、マリア、俺、ほら、この写真
 2人で撮った写真。古くてボロボロになったから修理屋に復元してもらってずっと大事に・・
 でも、会いたくて・・本当はずっと会いたくて」

マリアは柵を出たギルバートを優しく抱きしめた。


「あの時は・・貴方が旅ばかりして会えないことがつらくて寂しくて・・別れを告げたけど・・
 私も、ギルバートの事ばかり考えてた。同じね」

「・・・・・・マリア、実は俺、病気にかかっちまってさ・・
 いつか目が見えなくなってしまうんだ。」

「うん、隊長さんに聞いた。大変だったわね。目が見えなくなったら、探検隊も辞めるって言ったみたいね」

「・・・うん。情けないよな、こんな終止符の付け方。」

「辞めた後は、どうするの?」


「実家の農家・・継ごうかな」

マリアはギルバートの髪を優しく撫でながらクスッと微笑んだ。

「それいいな。私もついていこうかしら」

「え?」

「だめ?」


「・・その時俺は、目が見えてないんだぜ?
 それに、また別の病気持って帰ってきて、もっと大変なことになってるかも・・
 そんな・・そんな俺になんてついてきちゃだめだよ」


ギルバートの声は僅かに震えていた。

「大丈夫よ。2人ならきっとなんとかなるわ。
 それに私は、ギルバートがどんなハンデを背負ってたって
 そんな理由で離れたりしないわ?
 ギルバートはギルバートじゃない、違う?」

「おれ、目が見えなくなるまではまた旅に出る・・・それでも・・待っててくれるのか?」

「見くびらないで。私たち5年も離れてたのよ?いくらでも待てるわよ」

「マリア・・」

ギルバートはマリアを、強く抱きしめる。

マリアの華奢な肩に顔をうずめて、ギルバートは大声で泣きじゃくった。





「もしかしたら、この写真はもう必要ないかもしれませんね」

「そうみたい、ですね」

トッドとシーナは工房の玄関で二人の様子を眺めていた。

「いい話ですね。どんなハンデを抱えてたって彼が彼であるのなら愛せるなんて」

「そうですね、素敵ですね・・・!」

ふとトッドの横顔に目を向けると

トッドはまるで、母親に置き去りにされた子どものように、酷く悲しそうな表情をしているように見えた。

「っ・・・」

シーナは声をかけることもできなくなった。

「・・・シーナ?」

「は・・はいっ?」

「やっぱり、僕の顔何か付いてます?」

「いいえっ?」

シーナはその酷く悲しそうな表情は気のせいだと自分に言い聞かせた。
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