その件は結婚してからでもいいでしょうか
美穂子は鼻をすする。
「だって、どうやってやったらいいかわかんないです……わたしなんかが、恋愛することもないし」
「何言ってんだよ」
先生が笑った。「すればいいじゃないか、恋愛」
わたしは、無理だもん。
こんな地味で。
こんな可愛くなくて。
「おいで」
先生は立ち上がると、美穂子を洗面所の方へ連れていく。
洗面所の電気をつけると、鏡の前に立った。
美穂子は思わず自分の顔から目をそらす。もう何年も自分の顔をしっかり見ていない。
先生は美穂子の後ろに立つと「ほら、見て」と促す。
美穂子はやっと自分の顔に焦点を合わせた。
「化粧はしてない。眉はキリッと上がってて、目は二重。黒目が大きいかな。鼻は小さめ。そばかすがあるけど、そこもチャームポイントだよね」
鏡の中の先生が、美穂子を見つめる。
「髪は真っ黒。ストレートだけど、耳の横あたりの毛は、ほら」
先生が美穂子の耳近くを指差す。「ちょっとクルってカールしてる」
「人を見るんだ。生きている、呼吸している、人を見る」
先生が美穂子の肩に手を乗せた。
「俺が美穂ちゃんを見たとき、『かわいい子だな』って思ったよ」
先生の唇に笑みが浮かんだ。
「人を見てると、描きたいって思う人に出会う。何度も何度も繰り返し、昼も夜も、想像して、考えて、自然と描きだす」
先生が言う。
「それが『恋をする』ってことだ」