あまりさんののっぴきならない事情
 



 あ~、足は棒のようでフラフラだけど。

 今日も一日幸せだった。

 あまりの仕事は五時半までだ。

 そのあとはお酒も出したりしているようなのだが、夜に訪れたことはまだない。

 夕暮れの暖かい風を受けながら、軽く伸びをしたとき、街路樹の陰に隠れたように立っている高校生がこちらを見た。

 無言で、弁当箱を差し出してくる。

「いや、いいって」
と言うと、

「母さんが持ってけって」
と言う。

「……家出中なんで」
と弟の尊に言うと、

「姉ちゃんの好きな、とろとろ半熟卵の肉巻きと、カリカリベーコンとアスパラの炒めものと。
 シュガートマトとゆかりご飯のおむすびが入ってる」
とあまりが高校の頃使っていた可愛い保温ランチボックスを突き出したまま言う。

 うう……。

 あまりは思わず受け取り、両手で掲げ持ったまま、頭を下げた。

「あ、ありがとうございます」

 うん、と通学の沿線から外れているのに、わざわざ運んできてくれたらしい弟は深く頷いた。
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