イノセントダーティー
それから数日後。アオイさんからラインが来た。飛び上がるほど喜んでしまう。もしかするともう二度と連絡なんて来ないかもしれないと思っていたから。
コンビニ品のお礼にしては高すぎる、ステーキレストランのディナーコースをアオイさんは予約してくれていた。そんなことされたらまるで本当の恋人同士みたいだと浮かれてしまう。だから特別な演出はやめてほしいのに、やっぱり嬉しい気持ちはごまかせない。
「こんなところじゃなくてよかったのに」
「あれからすぐ連絡できなかったから、そのお詫びも兼ねてだよ。この前は声かけてくれて本当にありがとう」
ニッコリ笑う、彼女の薄くて形のいい唇。柔らかそうな髪。白い肌。暗がりだった初対面の時と違い、今日は薄オレンジのライトの元、アオイさんのことがよく見えた。
旦那さんともこういう場所へよく来るんだろうか。慣れた手つきでフォークとナイフを使うアオイさんを見て嫉妬心が湧き上がった。付き合ってすらいないのに。
「今日は元気ないんだね。何か悩み事?」
食事の手を止めアオイさんが俺を見つめた。優しい視線。胸が砕かれそうになる。
「元気ですよ。おいしいですね、ここのステーキ」
「よかった。だったら無料の優待券あげるよ。ここ、うちの親が経営してる会社の系列店なの」
「いいんですか? でも、さすがにそこまでしてもらうのは」
「女性に人気あるみたいだし、彼女ができたら一緒に来るといいよ。マサは恩人だから。いつでも言って?」
そういうことか……。アオイさんの言葉にガッカリというか、苛立ちというか、失望というか、絶望というか、それら全部抱えたような心持ちにさせられた。アオイさんから見て俺は女にがっついてるように見えるのだろうか。それに初対面でのお礼なら今日この場だけで充分なのに、何でわざわざ優待券とか彼女ができたらとかそんなことを言ってくるんだ?
穏やかに笑う彼女の気持ちが全く読めない。