イノセントダーティー

「ありがとうございます。でも今はアオイさん以外の人と出かけたいとか思わないんで」

 ムキになり、つい本音が出てしまった。アオイさんはさして気にした様子もなく、俺の言葉をサラッとかわした。

「もしかして酔ってる? この前も飲んでたよね」

「今日はお酒一滴も飲んでませんっ。ていうか新歓コンパ以来飲んでませんよっ」

「どうして? 大人に隠れて飲んじゃえばいいのに」

「アオイさんそれダメな大人ですよ。お酒飲むと自分が自分じゃなくなる気がするから控えてるんです……」

 そう。アオイさんと出会った日のことを反省して、20歳までは飲まないと改めて決めたんだ。あの日の俺は根拠のない自信に満ちておかしかった。アオイさんがこういう人だったからよかったものの、相手が短気な人とかだったら俺のせいでトラブルに発展していたかもしれない。

「自分が自分じゃなくなる、か。その感覚分かるかも。お酒ってなんか結婚と似てるね」

 ドキッとした。アオイさんの目はいつしか物憂げになり、彼女の手で傾いたグラスと重なる。酔っているのかと思ったけど違う。アオイさんが飲んでいるのはノンアルコールカクテルだ。

「結婚も、自分が自分じゃなくなるんですか?」

「皆が皆そうとは言えないけど、私の場合はね。結婚してからどんどん嫌な自分になってくのが分かる。旦那といると自分がいかに小さい人間かって思い知らされてばかりで、自分で自分が嫌になる」
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