ドメスティック・ラブ
風の音が大きいせいではっきりと声は聞こえない。ただこれじゃあ安全圏から成り行きを見守っているその辺の野次馬と変わらない。何か、何か私に出来る事はないんだろうか。警察に電話?でもまっちゃんの生徒がいるなら、勝手な事は出来ないし。焦ると余計に思考回路は上手く働いてくれなかった。
走って行ったまっちゃんは殴られそうになっていたライダーの方に声をかけていて、どうやらそっちが教え子の様だった。多分彼の後ろに乗っていたらしき同行者の女の子が一人。彼女もまっちゃんの教え子だろうか。
殴ろうとしていた体格の良い方は、二十代前半くらいに見える。『中村君』も彼も目付きが鋭いのは同じだけれど、こっちは友人なのかニヤニヤ笑ったり睨みつけたりしながら煽っている取り巻きが数人いて感じが悪い。
突然割り込んできた『先生』に中村君は反発しているようだった。まっちゃんの手を振り払って何かを言い返す。その勢いで中村君は争っていたライダーにも何事かを怒鳴りつけ、相手側の雰囲気が変わるのが分かった。
あ、まずい。
多分、私を含めて騒ぎを見物していた誰もがその瞬間同じ事を思ったんじゃないかと思う。
まっちゃんの介入で手は一度解いていたのに、中村君の言葉に苛立ちを募らせたライダーが彼の身体をゴミ箱の方へ突き飛ばした。ふっとばされこそはしなかったものの、よろめいた中村君が片手をつく。彼は素早く体勢を立て直すと拳を構えてライダーへ向かって突進していった。それを予想していたかのように、万全のファイティングポーズでライダーが待ち構えている。
無茶だよ、それは。ヒョロリと細い中村君とがっしり体型の相手じゃ最初から分が悪過ぎる。痛々しい瞬間から目を逸らす様に、思わず瞼を閉じる。
ガシャンバタン、と何かがぶつかる嫌な音がした。
恐る恐る目を開けると、まず飛び込んで来たのは返り討ちにあって殴り飛ばされた身体。ゴミ箱に激突してどこかで切ったのか前髪の奥から血が流れるのが見えた。
それは、中村君ではなく。
「……まっちゃん!!」