ドメスティック・ラブ
そんなに残業したつもりはなかった。当初の一時間弱の見積もりよりは越えてしまったけれど、普段が遅いまっちゃんの事だから絶対家に帰り着くのは私の方が早いと思ってた。金曜の夜の病院なんて仕事帰りの社会人で混んでそうだし。
「何口開けて突っ立ってんの」
靴も脱がずに固まった私を不思議そうにまっちゃんが見返してくる。
「あっ、ただいま……あのまっちゃん、病院は?」
「今日病院だって話してたら校長が混む前に行って来いって言ってくれたんでその好意に甘えてちょっと学校早く出たんだよ。お陰で午後診始まる時間には病院着いたし、会計終わる頃にはかなり順番待ち多くなってたから助かったな。こんなに早く帰れたの久しぶりだ」
満足そうに笑いながら、まっちゃんがリビングの方へ歩いて行く。私は慌てて部屋に入り、その後を追った。
リビングに入ると、部屋中にトマトの香りが広がっていた。パスタを茹でる為のお湯も既に鍋に用意されている。
「千晶、夕飯の準備しといてくれたんだな。とりあえず俺のが早かったから風呂入る前に一度温め直しといた。ダイナミックなみじん切りが千晶らしくて笑ったよ」
身長差を生かして無言で眼の前の脇腹に一発拳をお見舞いする。本気の強さではなく緩めにしておいたのは、怪我を考慮した私の優しさだ。
「いてーよ」と笑いながら冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してグラスに注ぎ、まっちゃんが美味しそうに口をつける。
帰宅したらすぐ夕飯の準備が出来る様に、事前に鍋に作っておいたミートソース。みじん切りが不揃いなのは味には関係ないからまあいいとして、色々な調味料を足していく内に正解が分からなくなり今ひとつ味に自信が持てなくなったので、正直なところ美味しいかどうかは保証出来ない。とりあえずパスタを茹でるだけにしておいて、その分ゆっくりお風呂に入ろうなんて思ってたのに、まっちゃんの方が早く帰宅した事で完全にあてが外れてしまった。