花束〜Bouquet〜【短編】
俺が彼女について知っていることは、俺が歌っているここから近いビルで働いているということだけ。
いつも仕事帰りにスーツ姿のまま、俺の元へとやって来る。
いつしかそれが楽しみになり、人混みの中から彼女の姿を探すようになった。
ミュージシャンの卵とOL。
ただの歌い手と客。
そんな関係を壊して、一歩踏み込むことが出来ずにいた。
けれども、彼女に惹かれ想う気持ちが日に日に強くなっていった。
ある日の夜。
彼女は、今夜も俺の歌を聴きに来ていた。
ギターをかき鳴らしながら、彼女にちらちらと視線を投げ掛ける。
彼女はにこにこと笑って、歌を聴いてくれている。
‥決めた。
今日こそ彼女に話しかける。
恋愛に対して奥手な俺にとっては、一大決心だった。
それからは歌っている間、一度も彼女の方を見なかった。
このままでいいなんて、彼女の笑顔を見ていると思ってしまいそうだったから‥。