最後の恋
「…あ、ごめん…。気のせいだったみたい…。」

「…お前、まだ何か俺に隠してんだろ?」

「何もないよ…」

「お前、俺に隠し事なんて出来ないの分かってるだろ。正直に吐け。って言うか、まずとにかく乗れ。」


そう言うと、もう一度私の手を取りタクシーに押し込め、タケも後から乗り込むと宿泊先のホテルの名前を告げた。


「…タケ、いいから降ろして。」

「んな事できるわけないだろ。話を聞くだけだから、安心しろよ。」


誰も、そんな心配はしてないよ。


ただ、恵里の顔が浮かんで申し訳ないと思うだけ。


タクシーは静かに、夜の住宅街を走り抜けていく。


もし、誰かが本当にいたらと思うと怖くてその道を抜けるまで窓の外は見られなかった。


震えを必死に抑えるように、無意識の内に腕をさすっていた。


「…杏奈」


タケが心配そうに私の名前を呼び、その大きな手が頭に乗せられた。


それだけで、タケの気持ちが体の中にじんわりと流れ込んでくる気がした。

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