溺愛御曹司は仮りそめ婚約者

それからは、ひたすら仕事にのめりこんだ。誰も好きにならないように、心にたくさんの鍵をかけて、仕事に生きようとがんばってきた。

「沙奈は、やっぱりいい子だね。そこが沙奈のいいところなんだけどさ。多分、全然似てないよ。だって、沙奈はお母さんじゃないんだから」

「へ?」

「だって、沙奈は沙奈だから。おじいちゃんも言ってたよ。家族思いの優しい子で、自慢の孫だって。俺もそう思う。沙奈は、優しすぎるくらい優しいよ。だいたい沙奈は、なにも悪くないだろう?」

顔をあげると、彼は優しい瞳で私を見つめていた。

「軽蔑……しないの?」

「だって悪いのは、その男だろ。沙奈を騙してたんだから。沙奈は奥さんの前ですべてをバラすことだってできたのに、そうしなかった。全部ひとりで抱え込んで、苦しんで。そんな沙奈を、どうして軽蔑するんだよ」

彼の言葉に安堵した途端、瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちた。あのとき出なかった涙が、堰を切ったように流れていく。

「沙奈、すごく痩せた時期があったよね。あれは、その男のせいだったんだ。ねえ、そんな男のことは……全部忘れて」

再び主任は私に覆いかぶさる。涙で濡れた頰を両手で包んだ彼が、そっと私の唇にキスをした。

「沙奈の初めてのキスの相手は、その男じゃなくて俺。沙奈は俺の唇の形だけ覚えてればいい」

その形を、熱を、覚え込ませるように、唇が重なる。お互いの唇の体温が、混じり合うまで。何度も、何度も。

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