日常に、ほんの少しの恋を添えて
「大丈夫なのか、お前。熱は?」
「もう下がったよ。午後から出社する」
「ならいいんだけど。ほら。これ食って栄養つけろ」

 ガサ、というビニール袋の音と話し声がドアの隙間から聞こえた。そしてこちらにやってくる足音も。
 ちょっとだけ緊張しながら待っていると、ドアの向こうから現れたのは、専務よりちょっと優しげな面持ちのスーツを身に纏った紳士だ。
 紳士は私を見るなり、にこっと微笑んだ。

「おはようございます。秘書さん? 弟から伺ってます。昨晩は看病ありがとうございました。湊の兄の藤久良 巽(たつみ)です」

 丁寧な挨拶に、一瞬ポカン、としてしまったが、すぐに気を取り直し私も頭を下げた。

「初めまして、秘書をしております長谷川志緒です。勿体ないお言葉、恐縮です」
「そんなかしこまらなくていいよ。僕は君の上司でもなんでもないからね。ごめんね、ちょっとだけお邪魔するね、湊に話があるんだ。すぐだからお構いなく」

 言いながらお兄さんはリビングのソファーに腰かける。それを見て専務も同じように向かい合うソファーに浅く腰掛ける。
 二人の様子を窺いつつ、私はキッチンで洗い物の片付けを始めた。

「なに、こんな朝っぱらから話って」
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