日常に、ほんの少しの恋を添えて
「私、専務のいない日常を想像してみました」
「おい……早えな。俺まだ行くなんて言ってねー」

 苦笑する専務。だけどこの状況で私は、笑うことができなかった。

「すみません……藤久良商事に行くって、専務にとってはいいことなのに、私素直に喜べないんです。こんな秘書、ダメですよね、失格ですよね。私……」

 私を見ながら無言で立ち上がった専務が、こちらに歩み寄る。そして私のすぐ目の前に立ち、私を見下ろす。その眼差しは、とても優しかった。

「失格じゃない」
「せ、せん……」
「なんで俺があっちに行くの嫌なのか、言って」

 変わらず優しい表情で専務は私を促す。きっと私、今顔真っ赤だ。

「え、えと……」

 頭の中でぐるぐると考えを巡らす私を、神妙な面持ちで見ている専務。
 だめだ、いつまでも黙り込んでるのは不自然だ。何か話さなくては……

「……長谷川?」
「あっ、あの……私、最近やっとこうして専務と普通に喋れるようになったんです。それなのにすぐお別れだなんて、残念で……。もっといろいろ教えていただきたいこととか、あります、し……」

 よし、私的には問題ない返事だった、と思う。
 心の中でグッと拳を握りしめた私は、恐る恐る目の前の専務を見上げる。
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