日常に、ほんの少しの恋を添えて
 だって私、まだ秘書歴も大したことないペーペーの新入社員なんだよ? 仕事もまだ満足にできないひよっこが、上司であり、この会社を経営する一族の御曹司に告白なんかできるわけがない。
 そうだよ……出来るわけないよ……

「じゃ、私帰りますね」
「あ、ちょっと待って。これ持って行って」
 
 専務が私に寄越したのは、美鈴さんがくれたケーキだ。

「長谷川もよく知っての通り、俺はケーキを食べない」
「ですよね……じゃ、遠慮なくいただきます」

 私でもよく知っている有名店のケーキをいただいて、私はほぼ丸一日滞在していた専務の部屋を出た。
 部屋の外で大きく深呼吸をしてから、私は早足でその場を離れた。

 あの夜のことは、きっと幻聴だ。そうに違いない。
 私は心に生まれたわずかな期待を、表に出てこないように封印した。先に待っているのは別れなのに、これ以上好きになっては自分が辛すぎるから。
 それは私にできる、せめてもの自衛の手段だった。
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