日常に、ほんの少しの恋を添えて
 車を駐車場に停め、すぐに戻ってきてくれた専務は、私を支えて一緒に階段を上ってくれる。上り終えて、奥から三番目にあるのが私の部屋だ。

「ここで大丈夫です、ありがとうございました。専務は送別会に向かってください。みんな待ってるので」
 
 役員数人と、秘書課の社員数人のこじんまりとした送別会ではあるが。それでも、皆が主役の専務を待っていることに違いない。
 私は部屋のドアを開け、専務の顔を見上げる。すると何か言いたそうに私を見つめる専務と目が合った。

「あのさ、長谷川……俺は……」
「専務、早く行かないと。皆待ってますから」

 私が急かすと、彼は困ったように髪を掻き上げながら笑う。

「どうも俺はいつもタイミングが悪いな。……じゃ、安静にするんだぞ? ちょろちょろするなよ」
「はい。これまでありがとうございました。新天地でのご活躍を陰ながら応援しております」

 頭の中で考えていたこの言葉を言い、私はニッコリと笑って見せる。

「うん、ありがとう。長谷川も頑張れよ」
 
 私の笑顔に返すように、彼もにこりと微笑んだ。そしてくるっと踵を返し、階段に向かって歩き出す。私はその背中を黙って見つめていた。

 徐々に専務の背中が小さくなっていく。
< 173 / 204 >

この作品をシェア

pagetop