日常に、ほんの少しの恋を添えて
 でも笑って送りだしてあげたくて、私は涙を必死で堪える。

「あの、体に気を付けてくださいね。具合が悪い時は、ちゃんと休んでください」
「わかったよ。こんな時までしっかりしてるなお前は。じゃあ、な」
「はい……頑張ってください」
「うん。長谷川も元気で」

 元気で、と言った専務のちょっと寂しそうな笑顔。それを目の当たりにした瞬間、私の心の中にじわじわ後悔と、いら立ちが湧き上がって来た。

 それを悟られないよう何とか笑顔を作って、手を振り彼を見送った。専務も軽く手を上げ、ゆっくりドアを閉めた。
 
 彼の顔が見えなくなって気が緩んだ私の目には、涙がぶわっと溜まりだす。この涙の理由は悲しさと、自分に対するいら立ちのせいだ。

「う……」

 ――私、可愛くない。
 好きな人に好きだって言われて、どうしてもっと嬉しそうにできないの? どうしてこの場面で、可愛らしく振る舞うことができないの?
 なんで私ってこうなの? 

 前の恋愛で痛い目見たはずなのに、全然学習していない自分に苛立って、涙が止まらない。
 専務ごめんなさい……
 心の中で謝りながら部屋の鍵を閉めようと、玄関ドアに近づく。すると、閉まっていたはずのドアが、カチャ、と外側から開けられ、飛び上がりそうなほど驚いた。

「え……」

 外側からドアを開けたのは、専務だった。
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