日常に、ほんの少しの恋を添えて
「あの日、長谷川さんケーキ焼いてきてくれたじゃない? 私午後の休憩時間にお茶と一緒にそれを社員に配ってたんだけど、いつもならいらないっていう専務が珍しく食べるって言って、食べたのよ! あ、もちろん長谷川さんが焼いたものだって伝えてね」

 花島さんから告げられた事実に驚き、私は手の動きを止めた。
 
「え……」
「私もびっくりしたんだけど、一口食べて『いける』っていって、あっというまに一切れ食べてたわよ。余程お口に合ったのね。すぐに長谷川さんに教えてあげなきゃ! て思ったんだけどそのあとちょっと立て込んで、伝えそびれちゃったの」
「そうなんですか、ありがとうございます。私も驚きです……」

 専務が、甘いものを食べた?
 本当に?
 嬉しい反面嘘なんじゃないかと疑う気持ちも混ざりつつ、私は新しい専務への挨拶と本日のスケジュール確認を終え、秘書室に戻って来た。

 ――専務、お菓子のこと何も言ってなかったのに。
 そんなことを考えながら席に着き、何気なく開けた引き出しの中に、見慣れぬメモのようなものを発見した。

「……?」

 手に取ると、それはどう見ても湊専務の文字で。

“食べてみたら、うまかった。ごちそうさま”
 
 そう書かれていた。
< 190 / 204 >

この作品をシェア

pagetop