日常に、ほんの少しの恋を添えて
 全く関係ない私に過去の恋愛話をしっとりと語ったところで、専務が我に返った。
 もうちょっと聞いてみたかったけど、残念。

「いいじゃないですか。普段聞けない専務のお話、興味深いです」

 サラダを自分の取り皿に盛り、専務の方を見ずにひとりごとのつもりで言った言葉だったのだが、専務の耳はしっかりとそれを聞き取っていたようだ。
 その証拠に、パスタをフォークに絡ませた状態で私の方を見て固まっている。

「……? 専務、どうされました? そのパスタ、お口に合いませんでしたか?」
「いや……長谷川は俺のプライベートなんか興味無いと思ってたから」
「そんなことないですよ。今後の為に勉強させていただいてます」
「こんな男には引っかからないようにしようっていう、ダメな見本だろ」

 パスタを口に運び、正面を見つめた専務がぼそりと呟いた。

「とんでもありません。専務おモテになりますし」
「モテ……るのか? いや、俺のことはいい。それより長谷川は恋愛しないのか? うちの会社、いい男それなりにいると思うんだが」
「……この会社で相手を探せと?」

 私がこう聞き返すと、そういうわけじゃないけど、と専務が顔をくしゃっと綻ばせた。

「うちの会社は社内恋愛を禁止していない。それに君も知っているかもしれないけど秘書課の女性は人気があるそうだから、君の相手も遅かれ早かれ現れるんじゃないかって」
「それ、聞きました。でもかえってプレッシャーです。私が秘書課初の売れ残りになるんじゃないかって……」
「んなこと、ないだろ」
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