日常に、ほんの少しの恋を添えて
「せ……専務!!」
「長谷川。偶然だな」
「偶然って!! 専務こそなんでこんなところに」

 驚きのあまり若干食って掛かる勢いで尋ねると、専務が少し引いた。

「なんでって……考えてみろ、俺のマンションとお前の住んでるとこのちょうど中間地点がここだ。俺がいても不思議じゃないだろ」

 専務に言われて急いで頭の中で地図を広げる。確かに専務が言うように、彼のマンションと私のアパートの丁度中間地点にあるのがこの商業施設だ。故に、ここで遭遇するのは不思議なことでは……ない……

 だけどなんで今日、この時間にこの場所で会ってしまうのか。せっかく買い物で上がってたテンションも急降下である。

「……お買い物ですか?」
「ああ。散歩がてら」
「そうですか……」
「「……」」

 ショッピングモール内の人が行きかう広い通路で、私と専務は向かい合ったままお互いにちょっとだけぼーっとした。
 多分、お互いに何を話していいのかわからないんだと思うんだけど……
 しかしせっかく気分転換しようと思ってたのに、悩みの種の専務にここで会っちゃったら全くもって気分転換にならない。むしろ会社に来たような気がしてさっきから私の中の休日モードが無理矢理お仕事モードに切り替わろうとしているのだが……あっ。

 このタイミングで私はあることを思い出した。

 ――そうだ! 確か鞄の中にアレ、入れたままだった。

「あの、専務。こんなところなんなんですけど……これ」

 鞄の中から私が取り出したのは、専務に渡そうと思って渡していなかった「あの夜」のお詫びの品。
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