恋愛預金満期日
「海先輩、もう一軒行きませんか?」
神野が盛り上がっているようで、元気よく声を掛けて来た。
「もう十二時だぞ!」
と僕が眉間に皺を寄せた時だった。
反対側のビルの影に僕は彼女の姿を見つけた。
彼女は寒さを堪えるように、肩を竦め小さくなって立っていた。
すると、ビルの反対側から男性の影が現れた。
彼女はその男を見ると両手を差だし走り寄った。
その男は彼女の肩を抱き軽くキスをすると、タクシーを停めた。
タクシーのライトの光に映ったのは山下だった。
僕の心臓は鉛が乗ったかのように重く沈んだ……
「先輩…… もう一軒いきましょう。とことん付き合いますから……」
今度の神野の声は落ち着いていた。
「ああ……」
僕は声を出すのがやっとだった。
神野と二人、時々顔を出すスナックへ入った。
「先輩、キツイ事言うようだけど、彼女の事は諦めた方がいいです。これ以上深入りしたら先輩傷つきます。今なら飲んで忘れられますから……」
「ああ、そうだな……」
僕は水割りをグ―っ、と一気に飲み干した。
ウイスキーの強い香りが、僕の頭の中を溶かしてくれないかと願った。