恋愛預金満期日 
 もう時計の針は昼過ぎを指している。

 僕はベッドの中から時計を見るが、あまりの頭の痛みに顔を顰めた。夕べは一体何処をどうやって帰って来たのだろうか? スラックスとYシャツのまま寝たようだ。

 あまりの喉の渇きにどうしようも無く起き上がった。

 ふと机の上に一本だけペン縦にたたっているボールペンが目に入った。

 捨ててしまうか? 

 手を伸ばしたが、ボールペンが寂しそうにこっちを見ているようで、僕は手を引っ込めてしまった。



 水を飲もうと階段を降り、冷蔵庫からミネラルウォーターを出しだ。

 その音に母親が気付いたようだ。

 母の名は海原佐代子(うみはらさよこ)五十五歳、何処にでも居る元気なおばさんだ。


「もう、お昼過ぎてるわよ。何か食べる?」

「いや、いらない……」
 僕は力なく答えた。

「一体どれだけ飲んだのよ。神野君あんたを抱えて大変だったんだから。ちゃんとお礼言っておきなさいよ」

「えっ。神野が送って来たの?」

「何も覚えてないの? あんたベロベロで、神野君とお父さんであんたを二階に連れて行くのに大変だったんだから…… もしかしてあんた振られた?」

 母の目は明らかに何かを期待していた。

「そんなんじゃないよ……」
 僕は力無く否定した。


「なあんだ。女性問題の一つもあったのかと思ったのに……」
 佐代子は残念そうに口をとがらした。


「女性問題って? ワイドショーの見すぎだよ」
 と言いながら、頭の痛みに顔を顰めた。


「あんたねえ、幾つになると思っているの? 父さんだって来年定年よ。彼女の一人くらい家に連れて来てよ。このままじゃ、孫も見られずに死ぬのかって父さん嘆いていたわよ。ねえ、山梨のおばさんが持って来たお見合いの話、会ってみるだけでもどう?」

 母の話が段々と厄介になって来ていると思った僕は、何も言わずペットボトルを抱え二階へと上がった。


「ねえ! まだ話終わってないわよ。全くもう!」


 母の苛立つ声がしたが、僕はもう一度寝ようと、ベッドに寝転んだ。


 しかし、夕べの彼女と山下の姿が頭から離れず、眠ることはおろか、どうにもならない息苦しさに襲われた。
< 12 / 90 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop