恋愛預金満期日 
 僕は仕事に復帰した。

 松葉杖が無くてもなんとか歩けるようになっていた。

「海原さん、お客様です」
  女性の声に窓口を見た。

 姉ちゃんだ…… 横浜に住み、仕事一途で婚期を逃し、未だに独身を楽しんでいるのだ。

 母に頼まれるようで、あの事故以来、時々弁当を持って、昼休みに来る。

 僕は、姉ちゃんに手を上げた。


 銀行の前の緑の芝が広がる公園に姉ちゃんは待って居た。

 噴水の周りで、小さな子供達が飛び回っている。

 あちらこちらのベンチに、昼食を取っている会社員の姿があった。


 僕はベンチに座って、姉ちゃんの手作り弁当を広げた。


「ねえ、健人。怪我はどう? 母さんがちゃんと食べているかって心配しているけど……」

「ああ、もう痛みも殆どないよ…… 心配かけちゃったな」

「そうよ。覚悟して下さいって、お医者さんに言われた時はダメかと思ったわよ」

「今は死ねないって思ったんだろうな……」


「あんた…… 病院に運ばれた時、指輪の箱を握っていたのよ。父さんが、意識が戻らないあんたの手に、もう一度、箱を握らせたのよ。それから、間もなくだったわ、目が覚めたの……」


「そうだったのか…… 知らなかった……」

「指輪、渡せたの?」

「いいや」
 僕は首を横に振った。


 僕だって、出来る限りの事はしている。
 
 しかし、今の時代、個人情報がしっかりと守られ、簡単には教えてもらえない。

 僕は半分ストーカー扱いだ。


 何故だか僕は、ふと噴水の奥へ目を向けた。

 しかし、変わった様子も無く、おだやかな風景が流れていた。


 僕は、いつでも彼女を探してしまう。

 また、偶然に出会えるのではないかと……
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