エリート御曹司とお見合い恋愛!?
 どこか空いている席に私も座ろうか、と思ってキョロキョロと視線をさまよわせると、まさかの人物が目に入る。一番端のソファに座って書類の束を見ていたのは、倉木さんだった。

 自分よりも先に来ているとは思わず、待ち合わせ時間を間違えたのかと一瞬、焦る。とにかく声をかけよう、と思って急ぎ足で近づくと、倉木さんの視線が横を向いた。

「恵美(えみ)」

 驚いたようにその口から紡がれた女性の名前に私は固まる。倉木さんは視線を横に向けたまま静かに立ち上がると、溌剌としたボブヘアの女性が倉木さんの元に手を振りながらやってきた。大胆にワインレッドのドレスを身にまとい、頭がよさそうな印象だ。

 私はすぐに踵を返して、極力ふたりから離れるようにした。勝手に心臓が早鐘を打つ。どうしてかは分からないけれど、なんだか自分がすごく悪いことをしたような気持ちだ。

 お互いのプライベートには口を出さない約束で、これは仕事と言う名の契約のお付き合いなのだから、私の存在は彼女の前ではきっと邪魔なだけだ。

 倉木さんが他にどんな女性と付き合っていても、私には関係ない。関係ない、はずなのに。倉木さんが女性のことを名前で呼ぶのを私は初めて聞いた。

 今まで先輩たちを誘うときも、苗字にさん付けが当たり前だったし。もちろん私も例外ではない。けれど、あの女性はそれだけ特別なのだ。

 ズキズキと痛む胸を押さえて、再び、重い足取りで倉木さんのいたところに戻る。まだあの女性といたらどうしようかと思ったけれど、その心配はなかった。

 書類も片付けて、倉木さんは少し疲れた顔をして足を組んでソファに座っている。私はおずおずとその場に近づいた。
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