【完】君しか見えない
すべてが一瞬の出来事で理解が追いつかず、走り去る姿を呆気にとられて見つめていると。
「最悪はこっちの台詞だっつーの」
水に濡れた髪をつまみながら、楓くんが待合所に入ってきた。
慌てて立ち上がり、楓くんの元へと駆け寄る。
「楓くん、おかえり……っ」
「……いたのか。ただいま」
私の顔を見るなり、少し眉間にしわを寄せる楓くん。
私に見られていたとは思っていなかったらしい。
「ごめん、見るつもりはなかったんだけど」
「や、あんなとこで痴話喧嘩してた俺が悪い」
どこか余所余所しい言い方が、おまえは関係ないと言われているように思われて、少しだけ胸が痛む。
「それより大丈夫?」
「場所移動にも応じねぇし、あーいう感情的なの無理」
楓くんが目を伏せ、不満を漏らす。
いつもの艶のある声が、今は明らかに尖っていて。
ふわっとしていた髪は、まともに水を受けたせいで、すっかりびちょびちょだ。