そのキスで、覚えさせて
瀬川さんが帰ったあと、やっつけ仕事を終え、六時頃オフィスを出た。
今日もきっと遥希はいない。
いつもの一人ぼっちの夜を過ごすのだと思っていた。
足早に駅に向かうあたしに、
「どこ行くんだ」
あたしの大好きな声が聞こえた。
「俺の前を無視して通り過ぎて」
「え……」
思わず振り向いた。
そして彼を見て、やっぱりどきんとした。
だけど彼は……
あたしの知っているキラキラオーラ満載の彼とは少し違った。
いつもの遥希は、焦げ茶のふわっとした髪を帽子で隠し、大きな眼鏡とマスクをしていた。
だけど今日の彼は、濃いアッシュのパーマがきつい長めの髪に、細めの眼鏡。
スキッパーシャツに黒色のパンツを穿いている。
服はいつも通りだけど、なんだか知的なのにワイルドで、遥希じゃないみたいで。
顔を真っ赤にしながら聞いていた。