ぼくのセカイ征服
「…そう…それでいいのよ。それでこそ、時任君よ。やっと普段の貴方らしくなったじゃない。」
「スミレ…お前…」

…まさか、スミレはスミレなりに、僕を気遣ってくれていたのか?
冷血な人間にも、良心はしっかりあるという事を、改めて知った感じだ。

「何度も言わせないで…。呼び捨てはやめてと言っているでしょう?私の事は『箭内さん』と呼んでもらおうかしら。ね、『時任君』?」
「…嫌だ。」

僕がスミレをよそよそしく呼ばないのは、別に、そう呼んだら何か『負ける』ような気がして呼べない、という事ではない。
ただ、そう呼ぶ事に生理的な抵抗があるだけなのだ。よそよそしく呼ぶ事で、何と無く僕達の間にある距離も大きくなる気がして…スミレが、離れてしまう気がして。
だから―――
僕は、スミレを『スミレ』と呼び続けたいんだ。
たとえ、本人に嫌がられても。
…元々、スミレが遠い存在だって事くらい、わかっているつもりだ。
それでも、僕は―――

「そう…仕方無いわね。さて、トオル。彼女との間にどんないさかいと齟齬があったのか、もっと事細かに話してはくれないかしら?」
「別に構わないけど…その呼び方はやめてくれ。」

何故か、馬鹿にされている気がするから。


――それから僕は、先程よりもかなり細かく、コトハとの擦れ違いをスミレに話した。
スミレ本人に言うのは何となく嫌だから言わないが、彼女のおかげで、少しすっきりした気がする。
―――――
――――
―――
――

「…で、この有様さ。僕はコトハに拒絶された。まぁ、当然の結果なんだろうけどな。」
「ふぅん…馬鹿ね、時任君。貴方は、平穏を失ってなんかいないわ。」
「え…?」
「貴方は今、平穏無事に暮らしているじゃない。時々、いざこざに巻き込まれる事もあるみたいだけれど。」
「…………」

そうか…。そうだな。全ては、コイツの言う通りだ。珍しく正論で固めてきたじゃないか。少し驚きだ。
…確かに、僕の平穏は一度奪われている。しかし、今、僕が身を置いているのは、間違いなく、疑う余地もなく、『平穏』そのものだ。
今までの僕は、『それ』を見落としていた。
…しかし、だ。
人は、近すぎるモノには無頓着だという事を、僕はたった今自覚した。自覚する事が出来た。
…スミレのおかげで。
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