【B】眠らない街で愛を囁いて


「叶夢ちゃん、今日から復帰したんだね。
 今日は何時まで?」


昨日、永橋さんから聞いていた情報はあえて知らないスタンスでさりげなく問いかける。


「あっ、千翔さんって呼んでいいですか?
 叶夢、もう2分であがりですよ。

 好きなところにお持ち帰りしちゃってください。
 私が許します」


永橋さんは、昨日のうちに俺の名前を呼んでいたにもかかわらず、
叶夢の前でわさどその話題にも触れて焚きつけてくれる。


「はいはい。13時だよ。
 交代の人も来てくれたから、叶夢はほら、王子様と帰る。

 千翔さん、叶夢のこと頼みますねー」



半ば強引にカウンターから永橋さんに追い出された叶夢は、
事務所へと戻ってすぐに俺の傍へと近づいてきた。

何時ものに更衣室へと向かって着替えを済ませると、
近くで待っていた俺の傍へと来る。


「行こうか。着いてきて」



そういって叶夢を先導するように1階のエントランスへと向かう。
そしてアッパーフロアーへと続くエレベーターへと乗り込んだ。



当初は俺の部屋に案内することも考えた。

だけどいきなりそれは叶夢も抵抗するかとも考えて、
俺のオフィスから知ってもらうことにした。


いつものようにIDカードをかざして、エレベーターの操作をすると
指定した階へとエレベーターは上昇する。


エレベーターのドアが開いてもすぐに中には入れない。
そこには仰々しいほどのセキュリティゲートが侵入者の行く手を阻む。


「叶夢、そのカードを此処に居れて画面を見てくれるかな」

そういってポケットから取り出したのは、俺のオフィスのゲストカード。
目の前で作業をしていく叶夢を見守る。

「網膜認証登録させてもらったよ。後は指紋かな。
 ここに指を乗せて」


次に指紋登録の為の指をのせてもらうと、
機械に設置されているボックスをあけてそこから出てきたキーボードで瞬時にデーター登録のプログラミングを終える。

これで俺の部屋へと招くことになっても準備が整った。


「仰々しくてごめんね。
 ただこのフロアになると機密事項が多いからね。

 このカードでエレベータも、ゲートも、俺の職場のオフィスの鍵も開くから」



「こっち」


びっくりしたように戸惑ってる彼女に声をかけると、
俺自身もIDカードをかざしてゲートを潜った。

「どうぞ、入って」


何時も見慣れた最低限の必需品が効率的に陳列されている空間。
そんな見慣れた空間が、叶夢がいるだけで別の世界に見えるから不思議だ。

通路を歩き続けて一番奥の俺の仮眠室としての空間へと招き入れた。



仮眠時のベッドとして使っている大きなソファーには、
明け方から使用した後が残っていた。


「千翔さん……」

「ごめんね。
 仕事で泊まる時に、ここで眠るんだ。

 えっと飲物必要だよね」


気まずさにそうやって話題をそらすと、
二階のカフェへと連絡をして出前を頼む。

暫くするとエレベータがこの階にとまったお知らせが届く。


「ご注文いただきましたお品をお届けに参りました」

「今行きます」っと告げて電話を切る。


手早く使用していた毛布をたたんで片づけると「叶夢、そこに座ってて」っと伝えて、
エレベーターへとコーヒーを取りに行った。

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