【B】眠らない街で愛を囁いて

「お待たせしました」

「いえ、千翔様」



店員のスタッフが持ってきた端末へとIDカードを通すとそこから決済できるように処理もする。


「有難う」


決済処理の後、商品を受け取ってまっすぐにオフィスへと戻った。

オフィスに戻った俺の前に飛び込んできたのは、
叶夢が俺のソファーへと座って、そのままソファーの座面に向けて体を倒している姿。

そしてその指先は、座面を辿るような仕草をしているのが視界に入る。


「叶夢?」

声をかけると彼女は勢いよく飛び起きる。


「寝心地はどうだった?」

そう言いながら、さっきまでの叶夢を思い出してクスクスと笑みがこぼれた。
可愛い彼女の姿が、また一つ知ることが出来たそんな喜び。


「はいっ、飲物。下のカフェから配達してもらったんだ。
 ただカフェの店員さんは、エレベーター前のゲートまでしか入れないからね。
 取りに行ってた。なかなか食事に行けなくてごめんね。
 今日の晩御飯でもどう?」


テーブルにコーヒーを置きながら、今日の予定を確認する。

「えっ、ご飯ですか?」

「そう。あの時のお礼も出来てなかったし」

「お礼って言えば、私の方が助けて貰ってばっかりでお礼しなきゃです。
 そのこと、お母さんに話したらなんか、お礼しなきゃねって連絡先聞かれたんだけど
 私……千翔さんのこと何も知らなくて」


そうか……叶夢が言って来るまで様子を見ようと思ってたけど、
向こうから切り出してくれてちょっとホッとする。

そろそろ連絡先を交換してもいいのかも知れない。


だけど……その一線を越えると、
もう俺は彼女に対する思いを制御できなくなりそうで、
ある意味パンドラの箱に近い。


でも……彼女がそれを望むなら、
俺自身も望みがあるとうぬぼれてもいいのだろうか?


「そっかっ……スマホかして」

声をかけて叶夢のスマホを手に取る。
手早く俺のデーターを登録する。


「かけてもいいですか?」

「勿論、叶夢の連絡先も俺に教えて」


緊張した声で俺を見る彼女に、
俺の中の小悪魔が少し悪戯をしたくなる。

耳元で囁くように了承すると、
彼女はかなり動揺しているみたいで、震える細い指先で液晶画面に映るボタンを触っているみたいだって。


俺の携帯が着信を告げる。

ワン切りしようとしている叶夢を視線の先にとらえながら、
俺は「もしもし叶夢。どうかしたの」っとわざと電話で会話を続ける。


俺が話す声も、叶夢が話す声も受話器から聞こえてくれる言葉と、
隣から聞こえてくる言葉と二重に聞こえる。


「えっと……」

どうしていいか戸惑っている叶夢に、更に言葉を続ける。


「何?会いたくなった?
 寂しくなったら、何時でもおいで?

 抱きしめてあげるよ」



そう……俺は何時だって君を抱きしめたいんだ。

真正面ではなかなか伝えられない言葉も、
電話だとそんな照れずに伝えられる。


そしてソファーの背後へとまわって思わず叶夢を抱きしめてしまった。

「叶夢、このままで聞いてくれる?」


そう今からする話は、真正面から話しづらい。


だけど……叶夢は、勇気を出して叶夢が抱えていた体感地震っと呼んでいいのだろうか?
視えない力のことをまっすぐに教えてくれた。

そんな叶夢だから、俺も隠し事はしたくない。



「何時の頃だったかな。
 俺も叶夢とは違うけれど、似たような体験をするんだ。

 俺の身に起こるのは、現実の存在と幽霊って言えばいいのかな?亡くなった人の存在が、
 時折わからなくなるんだ。

 浜松でバスに遅れたのも、あの場所に幼い子供がいて両親を探していた。
 今にして思えば、あの場所で人身事故でもあって子供が犠牲になったのかも知れない。

 そう思えるのに、あの瞬間はそうじゃないんだ。
 俺はその時間のことを狭間に捕らわれるっていう表現をしているんだけど、
 狭間に捕らわれた時は、金縛りにあったように体の自由がきかなくなる。

 時には呼吸すらも出来ないような錯覚に陥るんだ。

 言葉に説明するのも難しい、何とも言えない感覚が俺を包み込んで、
 助けて欲しくて心が悲鳴をあげる。

 そんな俺に、叶夢が声をかけてくれたんだよ。

 嬉しかった……。

 叶夢の存在を認識した途端、さっきまでの束縛から一気に解放されて、
 俺の体に気が巡り始めたのを感じた。

 凄く暖かくて、スーっと苦痛が通り抜けたんだ」


< 52 / 90 >

この作品をシェア

pagetop