ミツバチのアンモラル
 
 
「圭くーん」


ベーカリーとは違うガラス扉をくぐると、そこには草花が満ち溢れていて。
床や壁に色とりどりの、見上げた天井からも吊るされている植物たちは生花やドライフラワーや様々。何か専門の液体に浸かっていたりするものもあって、さながら魔女方面のお伽噺感が一気に増す。
扉から入る風の影響を受けにくい場所に設置された机に向かい、その空間の主は作業に没頭していたにもかかわらず、私へと視線をよこしながら微笑む。


圭くん、ともう一度声をかける前にちらりとこちらを向いてくれ、柔らかな視線で制される。あと少し待って、の合図だ。入り口付近からはその横顔しか拝めない相手の真剣な表情を見つめ、そうして繊細に植物を扱う指の動きに見惚れる。


私は黙って、足元にある草花どころか、空気をも揺らさないようにと動きを止めた。呼吸は細く、細く。細く。


一分も経たないうちに、その静かな空間は終わりを告げたけれど。


「華乃。おかえり」


おばさんによく似た目元を崩して私に微笑む、お伽噺の王子様を具現化したような年上の幼馴染みに、私はいつもながら感覚の全てを奪われる。


「ただいま。圭くん」


「ごめん。華乃が来たのは気づいてたから出迎えたかったけど、どうしても……」


「そんなっ。大事な作業の邪魔しちゃってごめんなさい」


「何を。――華乃のほうが大事だろう」


「っ」


この甘い言葉と態度で普段から私を甘やかしてくれる圭くんに、私はずっと恋をしている。


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