ミツバチのアンモラル
 
 
約束ごととしてあるただいまの挨拶は、お隣さんの営業が稼働中のときは顔を見て、閉まっていればスマホ越しでやりとりをする。通話だったりメッセージだったり。


そうして、恋する私はそれ以上の交流を望む。圭くんの邪魔にだけはならないように。けれど浅ましく。


「今日も見ていっていい?」


「退屈じゃないかな?」


「楽しいよっ」


決して、断られることのないお願いを、私は毎度のごとく繰り返す。私のお願いを慈愛溢れる微笑みで頷く圭くんに。


圭くんの職業は、名前を付けるのだったら何が的確なのかいまいち悩むと本人も言っていたのだけど、大雑把にしてしまえば、植物のデザイナー? のようなものかもしれない。
ガーデンデザイナーと呼んでしまってもいいのかもしれないけれど、以前に比べてガーデニングのデザインの仕事はセーブしているし、響きがおしゃれすぎて圭くんは嫌いらしい。似合ってるのに。
まあ、最近重点を置いている細かな仕事のこともあるから、益々形容し難くはなっているけど。


「といっても、今日はもう終わってしまったんだけど」


それは残念極まりない。圭くんの真剣な表情を拝みながらの癒しタイムが今日はほんの一瞬だったなんて。
机の上に並ぶ何本かの細長い三角ボトルの中には、特殊なオイルにたゆたうお花たち。ハーバリウム――植物標本――というものらしい。最近量を増やしたお仕事のひとつだ。
それぞれにテーマカラーがあるようで、ピンクに赤に黄色、コバルトブルーと他にもカラフルに、ボトルの中の世界がライトに照らされていた。


「綺麗だね。私すっごい好き。こういうの」


「だろうと思った。華乃と先週末に観たDVDをモチーフに」


それは、世界的に親しまれるアニメーション映画で、海の底のプリンセスが活躍する、童話としても愛される物語だった。
幾つかある中からコバルトブルーのボトルが持ち上げられ揺れる。机の上からゆっくり移動し、圭くんから私の手の中に渡った。


「華乃へ。プレゼント」


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