ミツバチのアンモラル
「おいクソ兄貴。出てこないなら華乃は俺がもらってくからな」
瞬間、室内で言葉にならない声がしたけれど、それだけなことに舌打ちをする智也は、どうやら圭くんをいじめることにしたようで。
「俺は華乃のこと好きだったぞ。今は確かに身内みたいなもんたけど、こんな面白いやつ、また簡単に好きになるだろうなぁ」
ふがふが、もごもごと呻いてみても、塞がれた口はそれ以上のことは不可能で。噛んでやろうかなどと職人にそんな残酷なこと出来るはずもなく、足を踏んでみたけれどびくともしなかった。
「華乃はいいやつだよな。深く物事考えられないのを自覚してるからか、悪い結果にでも愚痴を言わずに受け止めることが責任だって堪えようとする。けど結局は周りに気づかれて助けてもらって、それを真面目に落ち込むのが笑えていい。そんなだから、嫌なことあっても嫌な奴と顔合わせても、避けずに対峙する。見てて気持ちいい。昔から一緒にいても苦じゃなかったし寧ろ楽しい。兄貴の、あんな愚行を知ってても、ひたむきだったよなぁ。悲しいだろうしすぐ弱気になるけど、結局は全部抱え込めるやつだ。――そんな女、誠実に扱ってこっちに来てくれて俺のこと好きになってくれたら、一生大切にする。……それが平気なら、ずっとそこで籠っとけ」
聞いていて照れてしまった。私が抱える短所をそんな視点で捉えてくれていては、ちょっとは嬉しくもなるだろう。
けれど何故だろう。私を誉めちぎる智也の顔は悪どくもあった。
嘘なのか……? と疑惑の眼差しを向けたところ、
「――、華乃」
「っ……っ、ひゃぁっ」
突然、耳元で名前を囁かれた。
吐息付きで。
しかもその瞬間に解放された口からは変な声を上げてしまい、今度は慌てて自ら口を押さえる。
直後、私たちのもたれる扉の内側から、かちゃりと解錠の音がして。
にやりと、智也が意地悪く笑った。