ミツバチのアンモラル
天岩戸が開く。押されるように後退すれば、体勢も辛くなりようやく智也が距離をとってくれ、大きく息が出来た。
ゆっくりと、少しずつ開いていく扉。そこには最初、ノブに掛ける手しか見えず、半分が開く頃、ようやくその姿が現れた。
声をかけようとして躊躇うくらいには、そこに紛れもなくいてくれた圭くんは憔悴していた。昨夜よりももっと酷い顔色。あまり睡眠をとっていなかったのか目の下にはくっきりと隈が現れ髭も濃くなっていて……まるでそれは、事故後目覚めたときのそれと似ていた。
経過時間もそのときと似ていて既視感に襲われる。
「……圭くん」
圭くんに近づこうと一歩前進した身体は反して後ろに引っ張られる。振り向けば、智也が私の肩を掴んでいた。
智也は私を通り越して圭くんを睨んでいて。
前を向いて見てみれば、圭くんも、同じように智也を睨んでいた。そんな表情をするところなんて、私は今まで遭遇したことはあっただろうか。
圭くんのことがこんなに好きなのに、知らないことばかりなんて悲しい。目を逸らしていた私は、本当に馬鹿だ。
睨み合うふたりをどうにも出来ずにいれば、また突然予告もなく、掴まれていた肩を今度は強く前に押された。
「……ぁ……っ」
強制的に変更された重心に耐えきれず前のめりになった身体はもう倒れていくしかない。
私の描く放物線の先には圭くんがいた。また既視感に襲われた瞬間だ。
「華乃……っ」
けれども今度は昔と違った。
私の身体は、それを避けたりすることなく、圭くんに抱きしめられるように助けられた。
圭くんの胸の中に受け止められた直後、背後で扉は閉められた。
もう私は圭くんが籠城していた部屋の中にいて、そうしてふたりきり。
「じゃあ俺は帰るからな」
智也がここを離れていく足音が、次第に小さくなっていった。