偽りの婚約者に溺愛されています
そのまま彼は、外へと向かおうとする。

「ま、待って!草履とバッグ!」

「本当にうるさいな。わかったよ」

立ち止まって、私の草履とバッグをひょいと掴むと、そのまま部屋を出た。

「下ろしてください!マジで無理です!皆見てるし」

中居さんや、他のお客さんが、ジロジロと見守る中、彼は堂々と通路の真ん中を歩いていく。

「ダメだ。逃げようとするから」

「逃げません!下ろして〜」

「俺がいない間に勝手なことをしやがって。信用できるか。もう、我慢の限界だ。たっぷりと俺の話を聞かせてやる」

怒りながら言う彼には、もうなにを言っても無駄なようだ。
私は下りるのを諦め、彼の肩にぶら下がるようになりながら、これからどうなるのかビクビクしていた。

「おや?松雪くん。来ていたのか」

そのとき、父の声がした。

「社長。出張から早く戻れたので、夢子さんを迎えに来ました。彼女はこのままお預かりしますから」

「お?お、……おお。そうか。……ぶはっ」

最後に微妙な笑い声が混じっていたような。
父は私のこの姿を見て、いい気味だとでも思ったのだろうか。
強がって反発ばかりしてきた娘が、男の人の言いなりになる姿が面白いのかもしれない。父は引き止めるわけでもなく、私たちを楽しそうな笑顔で見送っている。
彼の肩の上からそんな父を見ていると、そのまま自動ドアを通過した。








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