俺様社長と極甘オフィス
「本当に、どうすれば伝わるわけ?」

 困ったような、切なそうな顔で言われて私は目を見張った。

「なにがですか?」

「分からない?」

 なぜか手を取られたまま社長が近づいてくる。そんなに顔を近づけてどうするつもりなのか、と思った瞬間

「Himmel社との商談ですか?」

 脳裏に浮かんだ考えを素直に口にすると、今度は社長が目を見張った。私はすぐに自分のデスクに向かい、資料のファイルを捲る。

「すみません、気づかなくて。Himmel社の持つ土地の管理権についてですよね。不安要素として他社と競合になっているのは聞いていますが、プロジェクトの推進については、規模や他との繋がりの太さをアピールすれば、うちの方が有利なことはきっと伝わります」

 予備資料としてまとめておいた書類を取り出し社長のところに戻ると、なぜか机に手をかけて項垂れていた。

「あの……」

 おもむろに顔を上げた社長は、笑ってくれたが、その顔はどうも微妙だ。

「ありがとう。上手くいくと思うよ、商談は」

 なんとも含みのある言い方だが、意味が分からない。そこで部屋のドアがノックされる。頼んでおいたものがカフェから届いたようだ。商談は別の男性秘書が同席するらしく、私は部屋で作業を進めた。

 飾り気のないパンツスーツに何年も使っているフレームありの眼鏡。これが私の鉄板スタイルだ。専務の、いや社長秘書としてはおそろしく地味なことは理解している。

 けれどもこれでいい。堅苦しいスーツは苦手だし、大分板についてきたとはいえ、元々秘書の仕事を希望した覚えはない。

 彼にはもっと相応しいパートナーがいるはずだ。それなのに、どうして私がここにいるのか。
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