俺様社長と極甘オフィス
「正は十の四十乗、穣は十の二十八乗、そして京は十の十六乗です」

「ちょっと待て、そうなるとゼロがひとつ足らなくないか?」

 社長の疑問に私は微笑んだ。私も最初は一とゼロを十六回入力した。これが答えだと思ったからだ。でも、そうじゃない。この鍵は社長のために用意されていたのだ。

「答えは社長が仰っていた通りです。おじいさまは、社長の名前をパスワードにしたんですよ」

 私はそっと社長の隣に歩み寄った。そして掌を裏返し、モニターのある数字を指す。

「どうぞ。最後の数字を入れてください、京一さん」

 社長を名前で呼んだのは、このときが初めてだった。そして社長はゆっくりと一とゼロが十五個並んでいるモニターに最後の数字を打ち込む。その指が一に触れたとき、ロックが外れる音が静かに響いた。

 扉が開いた後も、社長はしばらく事態を受け入れられず、呆然としていた。放っておくとオートロックが再びかかってしまうので、心配ではあったが、パスワードが分かったのでもう大丈夫だろう。私は、そっと社長に声をかける。

「私は先に部屋に戻っていますね、ですから」

「藤野」

 呼びかけられた名前は、どこか力なかった。そして社長は私との距離を縮めると、ゆっくりと左手をとった。

「一緒に来てくれないか。藤野には一緒にいて欲しいんだ」

 触れられた手は、緊張しているせいかどこか冷たい。だから私は、その冷たさを癒すように躊躇いながらも握り返した。
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