恋愛上手な   彼の誤算
カチッとお湯の沸いた合図で現実に引き戻される。お湯を注ぐとふわりとコーヒーの香りが充満してほっと息をついた。

「西本さん」
「えっ、あ、はいっ」

唐突に名前を呼ばれて驚きとともに振り返り、その顔を見て少し浮上しかけた気持ちがまた沈みかける。

「…村本さん、何かご用ですか?」
「今日ご飯でも一緒にと思ってさ」

営業三課の村本さん、三ヶ月前の異動に伴う他部署合同の宴会で声を掛けられてから何故かこうした誘いを受けることが増えた。
その都度断りを入れているのにしばらくすると何事もなかったかのように声をかけてくるのが不思議で仕方ない。
正直、部内でも良い噂を聞かない人で、総務に提出に来た書類の不備を伝えるとその後でその書類と後輩を連れてきて「僕のせいなんです」と謝らせたことがありそれは盛大に引いたことがあった。

「駅前に新しいイタリアンできたでしょ?西本さん好きかなって」

おまけに人の話を聞かない。どうしてこんなにアグレッシブになれるのか、そのコミュニケーション能力は正直うらやましいくらいだ。

「ごめんなさい、そういうのはちょっと…」
「どうして?ご飯行こうってだけだよ。なんなら奢るからさ」

そう言って一歩近付かれると同じ距離を取るように一歩下がった。

「ごめんなさい、無理です」
「そんなの分かんないじゃん、お互いのことまだよく知らないし」

だめだ、会話が成り立ってない。ジリジリと迫られる度に背後に下がっていたがついに壁に阻まれてしまった。それを見た村本さんの唇が不気味に上がるのを見て鳥肌が立つ。

「ねぇ…」

伸ばされた手に恐怖を覚えて首を竦めるように目を閉じた。

「あっれー何してんの?」

その瞬間、場にそぐわない軽い声が響いた。
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