プラス1℃の恋人
 そして今日。気温がMAXになった午後2時の出来事である。

 大きな窓から降り注ぐ日差し。
 デスクの上のパソコンから放たれる熱気。

 とくに青羽の席はエアコンの風が当たらない死角にあり、社内における「ホットスポット」と呼ばれていた。


 朦朧としながら仕事をしてると、デスクの上にバサリとなにかが置かれた。
 目の前には、上司の千坂《ちさか》が眉間に皺を寄せて立っている。

 投げ捨てるように置かれた物体は、さっきまで青羽が作成していた文書だ。
 A4の紙の上で、英文が踊っている。
 海外向けの通販サイト用に、青羽が翻訳した紹介文だ。

「おまえなあ、なんだこれは。まったく意味が通じないぞ」

 大きな体とワイルドな風貌の上司は、威嚇するクマみたいに青羽を見おろした。
 千坂はその外見から、女子社員のあいだで『クマさん』と呼ばれている。

 青羽はパラパラと資料をめくった。
 必死で作成した文書には、ところどころ赤ペンでチェックが入っていた。

 赤く書き散らされた文字が目に刺さり、こめかみがズキズキ痛む。

 青羽が働いている『クラフトビール・マーケティング・ジャパン』は、日本全国の地ビールの流通を手掛けている会社だ。
 取引先は日本国内だけにとどまらず、海外にも手を広げている。

 地ビールは醸造の本数が少なく、希少価値がある。そして、ラベルが個性的でかわいい。
 なので、海外のコレクターに大人気なのだ。
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