プラス1℃の恋人
 青羽の仕事は、日本各地の醸造所で作られたビールの紹介文を、英語に翻訳することだった。

 でも、味気ない直訳の説明文じゃだめで、かなりの文章力を必要する仕事だった。

 実際の商品を目にすることが不可能に近い海外のお客様に、「飲んでみたい」と興味を持ってもらえるような、魅力的なPR文を書かなくてはならないのだ。

 だが、そういう翻訳が青羽は得意だった。
 青羽が書いた英語の説明文が、さらに日本語に訳しなおされるくらいに。

 今回書いたものも、精一杯知恵をしぼって英訳した。
 なのに、まったく意味が通じないとダメ出しされるなんて。

 夏のせいだ! 
 まともな仕事をさせたいなら、エアコンの設定温度を下げろ!

 そう叫びたいけれど、ほかのみんなが頑張っているのに、ひとりだけわがままを言うわけにはいかない。


「それからこれ、追加分な。今日中に頼む」

「えー!?」

「新しく参入したメーカーが多くてな。いやあ、仕事があるっていうのは、いいことだなあ。嬉しい悲鳴とはこのことだ。はっはっはっ!」

 千坂はからからと笑いながら背中を向け、自分の席へと戻って行った。


 あののんきな上司の首を、ネクタイで絞めてやりたい。

 そんなふうに思ったが、ノーネクタイのクールビズスタイルでは、その野望も遂行不能だった。
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