プラス1℃の恋人
 千坂と二階堂を交え、あらためて乾杯することにする。

 2杯目のビールは何にしようかとメニューを見ていると、千坂がのぞきこんできた。

「アルコール度数が高いのはやめておけ。ビールを水分だと思ったら大間違いだぞ。アルコールは体内の水分を排出する作用があるから、逆に脱水になる。そうだな……これなんかどうだ?」

 千坂が指さしたところには、『ノンアルコールのクラフトビール』と書かれていた。

「あ、これ、私が以前紹介文を書いたやつじゃないですか」

 水のような清涼感、といううたい文句だったと思う。
 何杯でも飲めてしまう、と販売元の営業社員がPRしていたが、それってビールじゃなくて麦ジュースじゃない? と内心ツッコミを入れていた商品だ。

 だが、青羽が頼んだ新潟のノンアル・ビールは、本当においしかった。

「ビールと変わらない!」

 すると千坂は、がははと笑った。

「実際に試してみないとわからないもんだろ?」


 それから千坂は、桃子と紫音にも好みを聞いて、オススメを選んであげた。

 この業界に長く携わっているだけあり、知識が豊富である。
 聞けば、ビアテイスターという資格を持っているらしい。

 ――頼もしいなあ。

 上司ではあるが、堅苦しさは全くなかった。

 千坂も二階堂も紫音も、それぞれ所属する部署は違っている。
 けれど千坂は、みんなが話に入れるような共通の話題を選んでいるようだった。

 こういう気配りもできる人なんだな。
 またひとつ、千坂のいいところを発見できて嬉しい。

 青羽の世界では、千坂のところだけにスポットライトが当たり、燦然と輝いていた。

 見た目はクマみたいな中年オヤジだけれど、わが社きってのイケメンと一緒にいてもまったく遜色ない。

 ひいき目というか、惚れた欲目というか、あばたもエクボというか。
 この店内で千坂が一番輝いて見える。

 これが恋愛フィルターというものなのだろうか。
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