プラス1℃の恋人
「え? 数量が違うって、どういうことでしょうか」

『どうもこうも、やたらと見積もり金額が少ないと思って確認したら、注文数がひと桁間違ってたんですよ』

 取引先の担当者が、困ったように言った。

 注文数がひと桁も違う? そんなこと、あり得るのだろうか。

「担当者に確認して、あらためてご連絡いたします」

『よろしくお願いします。地域をあげての物産展で、どうしても成功させたいんですよ』

「ただ、この時期の追加となると、確保が難しいかもしれません」

『そこをなんとか!』

 と言われても、青羽はたまたま電話対応をしただけで、担当外だ。
 安請け合をすれば、ますますややこしい事態になりかねない。


 電話を切ったあとで発注書を確認させてもらうと、数量の欄には500本と印字されている。

 だが、営業担当が作成した注文書には、最後のひと桁に追加して、小さな丸がひとつ挿入してあった。
 0の形をしているがあまりにも目立たなく、どう見ても金額の訂正には見えない。

 発注書は営業、販売、経理と、さまざまな部署のチェックを受けるのだが、誰も気が付かなかったらしい。

 ――それにしたって、500本じゃなく、5000本!?

 いや、普段の発注数から考えれば、500本でも多いくらいだ。
 人気の銘柄をのぞけば、そうそう大量の注文が入ることはない。

 だが、物産展となると話は違う。
 地元の商品をPRするために、大量発注する場合も少なくない。

 けれど、この時期は商品を確保するのが難しいというのも事実だ。
 秋はビアフェスタを開催するところも多く、注文数がけた違いに跳ねあがる。
 そしてビールというのは夏に大量消費されるため、在庫も不足しがちだ。

 担当の営業社員である児嶋《こじま》は、ようやくひとりで外回りを始めたばかりの新人である。
 サポート役である営業事務は去年まで青羽が担当していたのだが、マーケティング部に異動になったため、同じく新人に引き継いだ。

 夏から秋にかけての受注には、とくに気を付けるよう伝えていたのに……。
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