プラス1℃の恋人
 千坂はテーブルの向こう側から手を伸ばし、青羽の頬や額に触れた。

 その手はひんやりしていて、触れられた瞬間、あの日の記憶がよみがえった。

 やさしくて心地よい、大きな手。
 その手が肌の上を這い、暑さで朦朧としている青羽を介抱してくれた。

 あの日、主任は私を抱いたんですか?
 やさしくしてくれるのは、私に対して、部下以上の感情を持っているからですか?

 聞きたい。
 でも、もうしばらく告白の前の緊張感を味わっていたい。

 すると千坂は、「よし」と言って、頬を撫でていた手のひらを、青羽の頭の上にポンとのせた。
 そしてふたたびナイフとフォークを持ち、食事の続きをはじめた。

「私のこと、子ども扱いしてません?」

 動揺する気持ちを悟られないように、わざとそっけない表情をつくった。
 唇をとがらせ、軽くにらんでみる。

 ほんとうは、もうちょっと触れていてほしかった。

 好きな人に頭をポンポンされると、子どものように無条件に甘やかされているみたいで、とたんに女の子の気持ちになってしまう。
 こんなふうに、青羽をただの女の子にしてしまう存在は、千坂しかいない。

 アルコールのせいなのだろうか。青羽の心はひどくふわふわしていた。
 これから大事な言葉が千坂の口から飛び出すような気がする。

 目の前の千坂の瞳は甘く輝き、青羽の心をざわざわと揺らした。
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